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藤和彦「日本と世界の先を読む」

イギリス、電気・ガス料金80%上昇…英国債が暴落、暴動多発で治安悪化懸念

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
イギリスのトラス首相(同国政府のHPより)
イギリスのトラス首相(同国政府のHPより)

 9月5日、リズ・トラス氏は下馬評どおり保守党党首に選出され、英国で3人目の女性首相が誕生した。2010年に下院議員に初当選したトラス氏は昨年9月の外相就任後、ウクライナ侵攻の構えを見せていたロシアへの制裁をいち早く唱えるなど強硬な姿勢を示した。今年2月に実際の侵攻が始まると、ロシアに対峙する様子がメディアで頻繁に取り上げられるようになり、これを追い風にして首相の座に登りつめた形だ。

英国では「強い意志を持つ」女性のことを「鉄」に例えることから、英国初の女性首相で強いリーダーシップを発揮したサッチャーは「鉄の女」と呼ばれた。スポットライトを浴びるようになったトラス氏は、政治姿勢や服装などがサッチャーに似ていることから、「鉄の女2.0」と呼ばれるようになっている。

 1979年に首相に就任したサッチャーは国有企業の民営化など供給サイドの大改革を実施し、長年続いてきたインフレの退治に成功したが、首相に就任したトラス氏にとっても「インフレ退治」が焦眉の急だ。物価高騰に対する有権者の不満が高まり、保守党の支持率は低迷し、最大野党・労働党にリードを許している。次の総選挙は2024年までに実施される予定だ。

 英国のインフレ率は来年初めに20%を超える可能性が生じている。英ガス電力市場監督局は8月下旬、「家庭用の電気・ガス料金が今年10月から80%引き上げられ、標準世帯で年額3549ポンド(約57万5000円)になる」ことを明らかにしたからだ。英国の発電用燃料に占める天然ガスの比率が高い(約40%)ことが災いしている。英国のロシア産ガスの依存度は低いものの、欧州全体のガス価格が高騰したせいで英国の家庭用のエネルギー価格の上昇が止まらないのだ。

 電力・ガス市場が自由化された英国ではエネルギー規制当局が供給事業者の調達コストや利潤などを考慮して、電気・ガスの販売単価の上限を設定している。急激な値上がりから消費者を守る「エネルギー・プライス・キャップ」と呼ばれる制度で、これまで半年ごとに見直されてきた。10月の大幅な増額改定は、英国での天然ガス価格が1年前の5倍強になってしまったことが大きく影響している。今年4月に電気料金はすでに54%も値上がりしており、英国の大多数の家計は「青息吐息」の状態にあるといっても過言ではない。

「10月から電気・ガス料金が8割値上げ」と報じられると、各地で市民がガソリンスタンドを破壊する事案が発生している。政府は生活費の高騰が引き金となって大規模な暴動が発生することへの備えを始めているが、物価上昇を封じ込めない限り、英国の治安は悪化するばかりだろう。英国では来年10月、スコットランドで独立の是非を問う2度目の住民投票が実施されることになっている。トラス首相は反対の立場だが、インフレを抑制できなければ「独立」派が勝利を収める可能性が高く、英国が分裂の危機に直面してしまうことになる。

財政悪化への懸念

 英国の危機を回避するためには、これ以上の電気・ガス料金の値上げを止めなければならないが、そのためには財政出動が不可欠だ。英国政府研究所の研究者らは8月23日、「今年と来年の冬の2度にわたって電気・ガス料金を凍結するために必要な経費は1000億ポンド(約16兆円)を上る」との試算を発表した。新型コロナのパンデミックの際に政府が国民に支給した給与総額(700億ポンド)を上回る規模だ。

 首相となったトラス氏は8日、電気・ガス料金の上限を10月から2年間、年間2500ポンド程度に抑える計画を発表した。英国政府研究所が求める提案に加え、エネルギー企業への支援策が含まれていることから、財政負担は1500億ポンド(約32兆円)に上るとみられている。だが、支援策が発表されると財政悪化への懸念から金融市場で英国債が売られ、長期金利は高騰している。前途多難といわざるを得ない。

 トラス首相はさらに国内のシェールガス採掘や北海の油・ガス田の再開発に乗り出すことを明らかにしているが、この方針は英国政府が目指してきた温室効果ガス削減に逆行する。環境破壊を懸念する住民の反対も危惧されている。

英連邦諸国が反乱を起こす可能性も指摘

 このように、トラス新首相は不退転の決意で「インフレ封じ込め」を断行する構えだが、外交面でも共産主義に不寛容だったサッチャー路線を継承することは確実だ。対ロ強硬派として存在感を高めたトラス首相だが、あまりにも好戦的な物言いに対する懸念の声が上がっている。トラス氏は中国に対しても強硬姿勢で臨むといわれており、中国の脅威に直面しつつある日本にとっては頼もしい限りだが、「過ぎたるは及ばざるごとし」。東アジアの地政学リスクが過度に高まるリスクも排除できない。

 英国では10日、チャールズ新国王(73歳)の即位が正式に布告された。1953年に25歳で即位したエリザベス2世は、長年にわたり「英国の母」として人気を保ってきた。エリザベス2世は国民団結の象徴として機能してきたが、73歳の老齢男性がこれを継承できる見込みは低いといわれている。昨年実施された世論調査では「チャールズ皇太子が良い国王になる」と回答した国民は3分の1にすぎなかった。英国で王室廃止の機運が盛り上がり、英連邦諸国が反乱を起こす可能性も指摘され始めている(9月12日付ロイター)。

 英国では「新国王即位と新首相就任によって我が国は不確実な未来に直面するだろう」との懸念が広がりつつある。トラス首相は2代目鉄の女として英国の未曾有の難局を乗り切っていくことができるのだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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