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藤和彦「日本と世界の先を読む」

欧州発の世界的金融危機発生が現実味、電力会社の大量倒産の懸念…ウクライナ侵攻で

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
欧州発の世界的金融危機発生が現実味、電力会社の大量倒産の懸念…ウクライナ侵攻での画像1
ECBのHPより

 欧州で債券安、通貨安、株安が同時に起きるトリプル安が進んでいる。トリプル安は投資家がその地域から資金を一斉に引き揚げていることを意味する。欧州でトリプル安が目立っていたのは2010年代前半の欧州債務危機の頃だった。当時は巨額の債務残高を抱えたギリシャやイタリアが破綻の瀬戸際に立たされていたが、今回の元凶はエネルギー危機だ。輸入するエネルギー価格の高騰で欧州のインフレ率は米国を上回っており、経済の先行きへの悲観は前回よりも深刻だと言わざるを得ない。欧州最大の経済大国ドイツの8月の生産者物価は前年比46.8%上昇し、伸び率は1949年の統計開始以来最高となり、景気後退入りが確実視されている。

 天然ガス価格高騰を抑制するため、欧州連合(EU)は9月上旬、ロシア産天然ガスの輸入価格に上限を設定する案が議論したが、合意が得られなかった。ロシアはノルドストリームによる欧州へのガス供給を再び停止しており、ガス価格は高止まっている。欧州委員会は9月中旬、エネルギー価格高騰を抑制するための緊急対策を提案したが、鉄鋼などエネルギー多消費型産業界は「EUのエネルギー危機対策案は不十分だ」と不満の意を表明し、さらなる取り組みをEUに要請している。

 危機に直面しているのはエネルギー多消費型産業ばかりではない。ドイツ政府は7月下旬、ロシアからのガス供給に支障が生じたことで経営不振に陥ったエネルギー大手ユニバーの救済に踏み切った。ユニバーは調達する天然ガス価格が高騰したのにもかかわらず、割高なガス価格を消費者に転嫁できずに赤字が膨らみ、経営悪化に陥ってしまったからだ。ユニバーはドイツ政府から約2兆8600億円の融資を受けたが、さらに追加の融資枠が必要になっている。自国のガス供給制度の崩壊に直面したドイツでは、ユニバーをはじめガス輸入大手3社の国有化がまったなしの状態となっている。

欧州の電力企業を苦しめるマージン・コール

 ガスを燃料としている電力業界にも大量倒産の波が押し寄せてきている。電力業界も「逆ざや」に悩んでいるが、それ以上に頭が痛い問題が顕在化している。「欧州の電力企業はヘッジ取引に伴う追加証拠金を少なくとも1兆5000億ドル(約210兆円)差し入れる必要があり、市場全体が機能を停止する恐れがある」。ノルウェーのエネルギー大手エクイノールは9月上旬、このような爆弾発言を行った。エネルギー価格の高騰が電力企業の信用不安に飛び火し、欧州の電力業界全体を揺るがす問題になっていることを関係者が吐露した形だ。

 欧州の電力企業を苦しめているのは先物取引市場で発生する「追加担保の拠出(マージン・コール)」だ。電力企業は電気を販売する際、価格下落リスクを回避するためレバレッジをかけたやり方で先物を売ることが多い。レバレッジとは担保として預けた証拠金の何十倍にも相当する資金を借り入れて取引を行うことを指す。

 だが、予想に反して天然ガス価格が急騰したことで先物の損失が膨らみ、取引所に対し毎日のように担保の積み増しを迫られる電力企業が相次いでいる。「このままでは電気を販売して資金回収する前に手元資金がなくなってしまう」との悲鳴が聞こえてくる。こうした状況はロシアによるウクライナ侵攻以降続いていたが、8月下旬にかけて欧州各国の卸売電力相場が急上昇したことが災いした。火力発電に利用される天然ガスの値上がりに加え、記録的な熱波によって原子力や水力などの電力の稼働率が悪化したからだ。天然ガスの先物価格が予期せぬ方向にシフトしたことで、欧州の電力業界全体で手元流動性が逼迫するという異常事態となっている。

 欧州政府は窮地に陥った電力企業に救済の手を差し伸べ始めている。フィンランドとスウェーデン政府は9月上旬、「電力会社などの資金繰りを支援する」と発表した。政府保証と融資を合わせて約4.7兆円を供与するとしている。スイスの電力大手アクスポも「スイス政府から約5800億円の与信枠の供与を受けた」と発表した。

「野放し」状態にあったエネルギー市場

 気になるのは、フィンランドのリンテイラ経済相が「エネルギー版リーマンショックが発生してしまう」と発言し、電力業界が抱える問題の深さを2008年に経営破綻し金融危機の引き金となった米投資銀行を引き合いに出して説明したことだ。電力会社が天然ガスの先物取引から発生した損失が原因で破綻した例として、米エンロン(2001年)が有名だ。相場を読み違えたエンロンは粉飾決算を重ねるなどの延命策を講じたが、マージン・コールの嵐に勝てなかった。

 欧州中央銀行(ECB)は9月からエネルギー市場の流動性枯渇に対する金融機関の準備状況について調査を開始しているが、20カ国・地域(G20)の金融当局で構成する金融安定理事会(FSB)は7月中旬からこの問題を懸念していた。FSBは「ロシアのウクライナ侵攻によって引き起こされたエネルギー価格の変動が生産者の資金調達に困難を生じさせ、世界経済に桁外れの打撃をもたらす可能性がある。商品市場を注意深く監視する必要がある」との声明を発表していたが、注目したのはコモディティー・デリバティブ(金融派生商品)だった。デリバティブ市場ではマージン・コールが生じやすいからだ。

 リーマンショック後、世界の金融市場でデリバティブ取引に関する規制が強化されたが、エネルギー市場は小規模だったことから、規制が導入されることはなかった。いわば「野放し」状態にあったエネルギー市場だが、ロシアのウクライナ侵攻によりその規模が急拡大し、新たな脅威となってしまった。

 電力企業が大量倒産する事態になれば、欧州の金融システム全体に強いストレスがかかる可能性が高い。欧州発の金融危機が起こってしまうのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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