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防衛三文書を読み解く「戦争は既に始まっている」

川上高司/拓殖大学教授、日本外交政策学会理事長
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1月20日に沖縄本島と宮古島の間を通過した中国軍機(出典:防衛省統合幕僚監部発表資料

在日米軍と自衛隊は戦時体制に移行した

 我々は「新しい戦前」を迎えたのではなく、すでに「新しい戦中」に突入している。岸田政権は防衛三文書を策定して戦後の防衛政策を大転換した。なぜこのタイミングだったのかー。それは、米中戦争はすでに開始され、それを踏まえて米国が戦時体制に移行したからである。現代の戦争は軍事のみならず、経済・金融、情報、サイバー、認知など、あらゆるドメイン(領域)で戦闘が展開される「ハイブリッド戦」(超限戦)である。軍事と非軍事、戦時と平時の境目が曖昧な「グレーゾーン事態」が常態化しているのが現実である。

 ウクライナ戦争は2014年にロシアのクリミア併合後「ハイブリッド戦」の形で始まっていた。ウクライナ戦争は2022年2月にロシアが侵攻してから始まったわけではなく、ロシア侵攻は、グレーゾーンから戦時にエスカレートしたのである。これと同様、米中戦争はすでにハイブリッド戦の形で開始した。現在、米国は中国とグレーゾーンの領域でハイブリッド戦を戦い日本もすでに巻き込まれている。

 この事態をうけて、米国は戦時体制へ移行している。米インド太平洋軍は台湾有事を想定して、数年前から指揮系統の再編を進め、その中で在日米軍の指揮系統も見直されている。毎日新聞(2022年12月30日)によれば、これまで在日米軍(陸・海・空・海兵隊)の指揮権はインド太平洋軍司令官が握っていたが、それを在日米軍司令官(第5空軍司令官)に付与する案が浮上。ハワイにあった在日米軍の指揮官を日本国内に常駐することで、在日米軍は戦時体制へ移行することになる。

 これと対応する形で、自衛隊の指揮系統も再編されている。防衛三文書では、新たに陸自・海自・空自の部隊運用を一元的に担う「常設の統合司令部」を設置するとしている。また、沖縄県の防衛を担う陸上自衛隊の第15旅団を「師団」級に格上げし、指揮官の階級を陸将補から陸将に引き上げる。自衛隊も戦時体制へ移行している。福島第一原発事故が起きた際、米軍は原発事故対応のため横田基地に「統合支援部隊」(JSF)司令部を設置し、当時の太平洋軍司令官がハワイから来日して米軍と自衛隊と共同指揮所を作った。今回の再編で、自衛隊は「グレーゾーン」の現段階から米軍と緊密に行動することとなる。

 防衛三文書のうち、国家防衛戦略には「いついかなる事態が生起したとしても、日米両国による整合的な共同対処を行うため、同盟調整メカニズム(ACM)を中心とする日米間の調整機能をさらに発展させ」ることで米軍と自衛隊は統合化される。

 防衛三文書に関する記者会見では岸田首相の顔が青ざめていたようにも見えた。総理には米国が本気で中国と事を構えようとしていることが分かっていたのであろう。

 かつて三島由紀夫は日本が自主性を回復せねば「自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るだろう」と絶叫して割腹自殺を遂げたが、その予言が現実のものになった。

台湾有事はいつ起きるか

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ホワイトハウスのサイトより

 バイデン米政権は2022年2月に「国家防衛戦略」を公表した。その中核は「統合抑止力」にある。これは、米国と同盟国の国力やシステムを「統合」し、国際秩序を脅かす国々を「抑止」する戦略である。つまり、米国は同盟国とともに、あらゆる領域で中露と戦うということであり、米国はこの戦略に則り、日米同盟、米韓同盟、米比同盟、NATO、AUKUS、QUADなどの同盟関係を急ピッチで強化する。

 対中戦略に関しては、バイデン政権は2021年に「太平洋抑止イニシアチブ」(PDI)という構想を掲げ、日本・台湾・フィリピンを結ぶ第一列島線沿いに中距離ミサイル網を形成することを目指している。

 こうした一連の流れの中で、日本政府は防衛三文書を策定したのである。防衛予算を増やし、特に反撃能力(攻撃用の中距離ミサイルの保有等)を決定した。米国は中国との戦争を想定した戦争計画(OPLAN)を策定済である。OPLANは何通りもあり、それを日本は米国と共同演習を行ってきている。

 日本以外の同盟国も同じである。韓国も昨年末に新たな国防中期計画を策定し、防衛費を大幅に増やしミサイル攻撃能力を強化する方針を打ち出している。フィリピンも米国との協定に基づき、米軍が利用可能な軍事施設建設や軍事拠点数を増やしている。

 また、バイデン政権は、最近台湾に対しては米議会が今後5年間で最大100億ドルの軍事支援を行う法案を可決した。それと同時に、米国の州政府所属の軍隊である「州兵」が台湾と米国の双方で軍事訓練を始めたという報道が流れている。複数の州兵を活用し、訓練を多様化して中国抑止を急ぐ、州兵によるウクライナ軍の訓練がロシア軍の進軍阻止に効果を上げた。この情報が本当であるならば、中国からすれば自国領土である台湾に米国が手を突っ込み反乱軍を堂々と育成していることになる。中国は横っ面を思いっきりはたいかれているように感じるであろう。つまり、台湾を使い、中国を戦争に引きずりこもうという戦略のようにも見える。

米国は同盟国とともに、着々と中国との戦争準備を進めている

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令和4年度日米共同統合演習(出典:防衛省統合幕僚監部ホームページ

 米国は本気で中国と戦争するつもりか?

 答えはYes and Noである。バイデン政権になってから米国の戦略は変化した。もともとトランプ前政権は、米中対立はあくまでも覇権国家と新興国(アメリカと中国)による「大国間競争」と位置付けていた。バイデン政権は、米中対立は「民主主義vs.専制主義」という「体制間競争」だと位置付け直した。

 これにより、米中対立は「資本主義vs.共産主義」という米ソ冷戦と同様、「米中新冷戦」に変質した。国益をめぐる大国間競争には妥協の余地があるが、イデオロギーをめぐる体制間競争に妥協の余地はありない。その意味で、米中戦争が起きる危険性はトランプ政権よりバイデン政権のほうが高い。

 事実、バイデン政権はウクライナで米露代理戦争を戦っている。バイデン政権が掲げた「統合抑止力」はロシアの侵攻を抑止することに失敗したが、同盟国とともに経済制裁などの「統合抑止力」を行使することによって、民主主義同盟を再建して米国のリーダーシップを回復すると同時に、ロシアを弱体化することに成功した。

 バイデン政権の「統合抑止力」の真の狙いは、戦争を抑止することより、あえて相手国にコストの高い選択をさせて弱体化することにあると見ることもできよう。仮にバイデン政権が中国との戦争を抑止することよりも中国を弱体化することを重視しているとすれば、台湾有事が起きる可能性は決して否定できない。バイデン政権の任期は2024年までだが、この2年間にいつ台湾有事が起きてもおかしくはない。

米国の軍事的支配に直面する日本

 こうした米国の戦略を踏まえた上で、日本はどういう戦略を掲げているのか。防衛三文書では、日本の国益は戦後の国際秩序を守ることだとされている。つまり、日本は米国の同盟国として冷戦後のパクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)を守るということであり、「民主主義vs.専制主義」の体制間競争に勝利するということにある。つまり、日本の戦略は米国の戦略に基づいてきているのである。

 ここでのリスクは、もともと日米同盟には「捨てられるリスク」と「巻き込まれるリスク」という同盟のジレンマがある。岸田政権は米国に「捨てられるリスク」を恐れるあまり、バイデン政権に追従しているが、その結果として米国の戦争に「巻き込まれるリスク」を高めているのが一方に事実として存在する。

 しかも、防衛三文書の致命的な欠陥は、バイデン政権が終った後は想定していない。国家安全保障戦略は10年間見直しはしないと言明している。しかし、アメリカの大統領が変われれば、米国の戦略再びは変わる可能性がある。現在、岸田政権はバイデン政権に追従して中国やロシアとの対立を深めているが、それによって「捨てられるリスク」も高まっている。

 仮に2024年の大統領選でトランプが復活したら、中国やロシアとの融和路線に転じる可能性がある。そうなれば、日本は完全に梯子を外されるであろう。

 ここで、三島由紀夫の言葉を借りていうならば、自衛隊は「米国の傭兵」として機能するのか疑問が生じるわけである。防衛三文書は最優先課題として日本の防衛体制の強化(反撃能力の保有)を掲げているが、自衛隊はシステム上米軍と一体化している。

反撃能力確保でどうなる日本?

 日本は反撃能力を保有することを宣言した。

 専守防衛を転換して「矛」の役割を一部担うことになる。無論、日本の抑止力効果として「矛」を持つ必要は有るわけである。現状では自衛隊が中距離ミサイルを持っても、実際に撃つ場合は米軍の情報やコンサルテーションが必要となる。これでは、自衛隊の「矛」は日本を守るためではなく、米国の都合で使われることになりかねない。

 しかも、先述したように実際に米軍が中国軍と戦う可能性は低いとするならば、どうなるであろうか。ある自衛隊幹部は「もはや米軍は自衛隊の従属変数だ」と言明する。台湾有事が起きた場合、米国は中国と直接衝突することを避け、「ウクライナ型戦争」を遂行する可能性が高い。そうなれば、日本は台湾に送る武器を集積する後方支援基地になり、状況次第で中国と戦うことになる。その結果、米軍の指揮によって自衛隊だけが中国軍と戦って血を流すことになりかねない。

 防衛三文書は日本の防衛体制の強化を目指しているが、三島由紀夫が生前に予言したように、自衛隊が「米国の傭兵」であればどれだけ日本が防衛力を強化しても、いざ有事という緒戦を含め、日本の判断で日本を守るために自衛隊をどれほど使うことができるかが問題となろう。

 日本は中国の軍事的圧力と同時に米国の軍事的影響力に直面している。在日米軍がいなければ中国の脅威に対抗できないが、在日米軍に指揮戦闘を依存している限り日本の独立を守ることはできない。つまり、日本は「同盟のジレンマ」に直面しているわけである。このことは防衛三文書の作成者も理解していると推測できる。防衛三文書は、当面の間は米国から武器を購入するが、同時に国防の柱として民間の防衛産業を育成して、防衛装備の国産化を図ると明記していることからも推測可能だ。

 短期的には米国の軍事力に頼るが、中長期的には米国の軍事的支配からの脱却を目指すという解釈も可能である。しかし、米国依存を強めながら米国依存から脱却しようとするのは矛盾であり、この部分の記述には、日米同盟のジレンマに苦しむ防衛三文書の作成者の苦悩が滲んでいるように感じられる。

日本は在日米軍の撤退を想定したシナリオ作りが必要だ

 どうすればこの危機を脱することができるのか。

 台湾有事が起きた時点で、日本は中国からハイブリッド戦を仕掛けられて壊滅的なダメージをうけるであろう。しかも、台湾有事は避けられない可能性は高い。

「台湾有事」が起きた場合のシナリオは四つある。第一に中国の勝利、第二に米国の勝利、第三に米中引き分け、第四に中国の台湾一部の占領といったケースに分けられる。第一の中国が勝利のシナリオであるが、この場合、中国が台湾を支配して第一列島線を突破して、日本や韓国、フィリピンに対する軍事的圧力をさらに強めることになる。第二の米国が勝利のシナリオは台湾の独立を維持することだ。しかし、米軍は台湾に駐留する余力がないため、たとえ短期的には駐留したとしても時間の経過とともに再び台湾有事の危機が高まることになる。第三は米中が引き分けのシナリオ。台湾をめぐって米中が妥協する可能性がある。その結果、中国は戦争前より台湾に対する支配力を強めることになる。第四は、中国による台湾一部の占領である。これは先回行われた米戦略略研究所(CSIS)のシナリオでも示されているが、明らかに中国の台湾全土支配は時間の経過とともに可能となろう。しかも米日に多大な被害がでる。

 しかしながら、中国はいずれのシナリオもとらない可能性が高い。台湾に侵攻せず台湾有事を起こさずハイブリッド戦で「戦わずして勝つ」ことを選択するシナリオも十分にあり得る。中国は時間をかけながらじっくりと、台湾に対する支配力を強化していくことになるだろう。

 つまり、どのシナリオでも最終的に台湾は中国の軍門に下る可能性が高いと考えられる。その結果、中国が台湾を支配して第一列島線を突破すれば、米国は日本、台湾、フィリピンを結ぶ第一列島線を放棄して、グアムを中心とする第二列島線まで撤退することを余儀なくされます。最悪の場合は在日米軍も撤退して、日本も中国の軍門に降ることになる恐れがある。

 わが国は在日米軍が有事駐留もしくは、撤退した後に中国とどう対峙するかというところまで想定する必要がある。日本政府はそこまで想定していないが、その事態を我々は想定する必要がある。今のうちから対策を練っておかなければ、国を失うことになりかねない。まさに日本は絶体絶命のピンチでだと考えられる。

「戦後政治の総決算」の最後のチャンス!

 しかし、日本が「戦後政治の総決算」をするチャンスとすれば、これは千載一遇のチャンスが到来することになる。

 現在、日本の独立は中国の軍事的圧力と米国の軍事的支配によって脅かされている。この状況で日本の独立を守るためには、米国と中国を両方利用する「バランサー」になることが解決策となる。すなわち、ハワイやグアムまで撤退しようとする在日米軍を引き留めて中国の軍事的脅威に対抗すると同時に、中国の脅威を利用して自主防衛体制を強化し米国の軍事的支配から脱却する。

 しかし、その前提は、あくまでも我々が独立を守る気概を持つことにある。それがなければ、抑止力を強化しようが平和外交に徹しようが、わが国は他国の喰い物にされるしかない。現代は幕末と同じような弱肉強食の時代であり、国際情勢は複雑怪奇である。その中で日本の独立を守るためには、我々は強かに、狡猾に、時には卑怯にすら振る舞わねばならない。

(本稿は日本外交政策学会公式サイト『深層分析』に掲載された記事を、同学会と著者の許可を得て転載しています)

川上高司/拓殖大学教授、日本外交政策学会理事長

川上高司/拓殖大学教授、日本外交政策学会理事長

拓殖大学教授、中央大学法学部講師、元中曽根世界平和研究所研究員、フレッチャースクール外交政策研究所研究顧問、元防衛庁防衛研究所主任研究官、元RAND研究所客員研究員

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