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日米の選挙に見る、有権者の意識の変化…なぜ立憲民主党は惨敗したのか

文=白川司/評論家、翻訳家
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Getty Imagesより

 アメリカ南部のバージニア州で知事選が行われ、現職の民主党知事を、投資会社出身で政治経験のない共和党候補ヤンキン氏が破った。

 バージニア州は前回の大統領選でバイデン大統領が10%の差をつけてトランプ前大統領氏を破り、今や民主党の牙城とも目される州だったが、バイデン大統領が就任してわずか9カ月で共和党が勢いを取り戻したかたちだ。

 ヤンキン氏はトランプ前大統領の支持を受けながら、選挙期間中はそのことには触れず「トランプ色」を弱めて、トランプ支持層と無党派層の両方を取り込む戦略をとった。これがみごとに当たった。

 ヤンキン氏への支持が集まった理由とされるもので重要なのが、学校において「批判的人種理論(Critical race theory)」の導入を禁じるという訴えだった。

 1970年代に法学者の間で考案された批判的人種理論は、「白人至上主義が法律や制度を通してアメリカ社会の根本に定着しており、それがいまだに差別的環境をつくり出している」という考え方だ。

 それが今さら浮上してきた背景には、2020年5月25日にミネアポリス近郊で白人警察官が拘束方法を誤って黒人の命を奪った「ジョージ・フロイド氏殺害事件」がある。

 記憶に新しい人が多いだろうが、アメリカでは同事件をきっかけに、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動をはじめとする急進的組織を中心に人種差別議論を繰り広げて、さらには教育と人種差別を結びつける傾向も強まってきている。

バイデン政権の凋落

 バイデン大統領は、トランプ前大統領を「白人至上主義者」とののしったBLMの後押しもあって誕生した大統領だといってもいいだろう。そのため、批判的人種理論についてネガティブな意見は言いにくいために、左派勢力が各地域で学校教育を中心にその普及を広めようと躍起になっている。

 この理論が行政制度の一部に導入されるだけなら、それほど大きな問題にはならないが、左派イデオロギーの道具として利用されると、事は重大になる。

 批判的人種理論は、もともと人種差別制度が撤廃されてから起こったものだ。制度的には不公平はないが、現実として白人と黒人の生活レベルの差が一向に縮まらないことから、「目に見えない部分にある差別に原因がある」とみた。

 だが、この理論の問題は、差別されている側である黒人の「優遇」に向かうと同時に、白人が不利になる「逆差別」が起こりかねないことにある。「白人」といっても、実際はエリート層から貧困層までおり、それを白人や黒人などの「人種」でひとくくりすることは適切ではない場合がある。

 もうひとつの問題としては、製造業の工場が中国をはじめとする新興国に奪われて、大都市ではない地方に住む中流層の白人の生活が年々厳しくなってきていたことがある。これは前回の大統領選でも盛んに言われたが、いわゆるグローバル化は大都市エリート層に支持されている民主党政権のほうが進みやすく、地方在住の中流層がトランプ大統領を求めたという面がある。

 いわゆる「鉄板支持層」のトランプ支持は相変わらず続いており、バイデン大統領に対する不満も相まって、反リベラリズムへの盛り上がりは衰えていない。

 バージニア州知事選挙では、そのような行き過ぎたリベラル化に対して反感を持つ有権者が増えてきており、ヤンキン氏が批判的人種理論に対して断固たる姿勢を貫いていることが、共和党支持者だけでなく、無党派層や民主党支持層の一部にも響いたということだろう。

 民主党支持のリベラルメディアであるCNNの出口調査によると、ヤンキン氏の獲得票数は、共和党支持者が96%、無党派層54%にも及んでいる。

 だが、民主党の現職マコーリフ氏は、相変わらずのトランプ批判を繰り返すことに終始した印象だった。トランプ批判は、リベラル層には響いても、アフガニスタン撤退の失敗以来、バイデン大統領に失望していた無党派層に響くことはなかったのである。

ニュージャージー州選挙の衝撃

 バージニア州と同時期に選挙のあったニュージャージー州でも同様の動きが見られた。

 そもそもニュージャージー州はニューヨークにも近く、民主党党員が共和党党員を圧倒的に上回る典型的な「ブルー・ステイト(青い州)」だ。民主党のマーフィー知事はコロナ対策でも一定の評価を受け、政策も人柄も合格点の知事とされ、当初は圧勝か、それに近い勝ち方をするとみられていた。

 対抗馬となった共和党のチャッタレリ候補は大のトランプ支持者であり、トランプ前大統領の「選挙は盗まれた」の集会に参加していたことから、現職のマーフィー氏にはかなり攻められていた。

 このような民主党候補が圧倒的に有利にあるなか、僅差で現職のマーフィー氏がぎりぎり逃げ切ったのであるから、勝ってもなお、バイデン大統領にとってはかなり衝撃的な結果だといってよい。

 ニュージャージー州では、もうひとつの選挙でさらに衝撃的な結果があった。州の政治ナンバー2である州上院委員長選挙で、10年近く君臨した現職を共和党候補が破ったのである。

 しかも、この候補は政治経験がなく、家具会社でトラック運転手をしていた人物である。このニュースは全米に驚きを持って伝えられた。

反エリート主義の嵐

 今、アメリカで何が起こっているのか。一言で言えば「反エリート主義」だろう。

 BLMが反差別運動として盛り上がるなか、これを好意的に受け入れたのは、マイノリティとともに、マスコミや都市に住むエリートたちだった。エリートたちは、すでに一定の地位を確保し、いわば「既得権益」を確保した状態にある。

 不安定な生活を強いられている中流層以下の人たちは、批判的人種理論のような急進的なリベラル化への不安とともに、それらを推し進めるエリート層に対しても怒りを覚え始めているのである。

 今回、ニュージャージー州の州上院委員長で勝利した候補のトラック運転手という職業は、非エリート層白人における典型的な職業だといっていいだろう。そのことが圧倒的に有利とみられていた現職を逆転する力となったと考えられる。

 これらの結果を踏まえると、来年に迫ったアメリカ中間選挙は、共和党が優勢であることに間違いない。そもそも、中間選挙は政権に対する「通信簿」の役割があり、バイデン大統領に対する支持率は、調査期間によっては40%台半ばまで落ち込んでおり、すでに落第点を付けられている。

 さらに、「反リベラリズム」と「反エリート主義」という2つのうねりが盛り上がり始めているとなると、これからバイデン政権だけでなく、民主党に対する風当たりはさらに強まることが必至だ。

 そうなると、トランプ大統領誕生のときのような「行きすぎたリベラリズムへの反動」だけでなく、これまで政治経済を牛耳ってきたエリートへの反発も起きかねない。

日本の総選挙でも見られた有権者の「変化」への希求

 アメリカで反リベラリズムや反エリート主義への批判が広まる一方で、10月31日に行われた日本の総選挙でも面白い動きが見られた。

 それは自民党で、金田勝年氏(元法務大臣)、石原伸晃氏(元幹事長)、甘利明氏(前幹事長)、野田毅氏(元自治大臣)、若宮健嗣氏(元万博担当大臣)、桜田義孝氏(元五輪担当大臣)、平井卓(デジタル大臣)といった大物が小選挙区で落選したことである。また野党でも、小沢一郎氏、中村喜四郎氏、海江田万里氏、辻元清美氏、平野博文氏などの大物が小選挙区で落選している。

 これらを鑑みるに、日本では「党公認」が既得権益となっていることに反発が起こり始めており、「長く議員をやっている」というだけで公認を受けて当選し続けている政治家に対して反発が起こっているのではないだろうか。

 日本でも「安定」より「変化」が求められており、連続当選している候補より、フレッシュな候補に期待する機運が生まれ始めているのだろう。

 今回は共産党との選挙協力で立憲民主党が躍進すると予想されていたが、逆に議席を大きく減らしてしまった。立憲民主党は「変えよう」をキャッチコピーにしていたが、肝心の党幹部が“悪夢の民主党政権”のときの顔ぶれそのままで、まったく変わり映えしなかった。

 有権者は変化を求めているが、それは常に自己改革を目指す党や政治家を評価するということであって、野党が政権をとりやすくなるということではない。総裁選が盛り上がった自民党と、相変わらずのメンバーの立憲民主党で、有権者がどちらに「変化」を強く感じたかは言うまでもない。

(文=白川司/評論家、翻訳家)

白川司/評論家、翻訳家

白川司/評論家、翻訳家

世界情勢からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。著書に『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック刊)、翻訳書に『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)、近著に『そもそもアイドルって何だろう?』(現代書館)。「月刊WiLL」(ワック)で「Non Fake News」を連載中。

Twitter:@lingualandjp

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