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清水和夫「21世紀の自動車大航海」(10月16日)

VW不正で、自動車業界「禁断のタブー」にメス?

文=清水和夫/モータージャーナリスト

VW不正で、自動車業界「禁断のタブー」にメス?の画像1フォルクスワーゲン・ジェッタ(「Wikipedia」より/Hatsukari715)
 独フォルクスワーゲン(以下VW)の排ガス不正問題で世界中が騒がしい。そもそもは、アメリカで販売されるVWと同グループ傘下のアウディのディーゼル車の一部に、排ガス規制をクリアするための違法なソフトウェアが使われているのではないかと、米国時間9月18日に米国連邦政府の環境保護局(EPA)が指摘したことが始まりだ。EPAが指摘したということは、なんらかの裏付けがあってのことなのだろう。

 VW本社は事態を重く受け止め、9月20日には最高経営責任者(CEO)のマーティン・ウィンターコーン氏が声明を発表した。違法なソフトウェアの使用については言及していないが、外部調査委員会を立ち上げて全面的に調査するとコメントしている。さらに23日には責任をとってCEOの職を辞任した。

 VWはディーゼル技術で世界をリードしているメーカーだけに、なぜこのような問題が起きたのか疑問が残る。ユーザーのブランドに対する信頼感、企業の透明性など、今後の対応を誤れば取り返しがつかない事態に発展する可能性が高い。今年最大のスキャンダルになるかもしれないこの事件の原因を深掘りしてみよう。

 EPAが指摘したのは違法なソフトウェアを組み込んだ「Defeat Device(ディフィート・デバイス=無効化機能)」の存在だ。このデバイスは、排ガス規制に適合させるためのシステムを試験のときだけ作動させ、普段は停止ないし作動を制限することを目的とする。Defeatとは「打ち負かす」という意味。欧米では反社会的行為として使用禁止が明文化されている。

 そんな違法なソフトウェアを、なぜVWは使ったのだろうか。問題の背景には“世界で最も厳しいアメリカの排ガス規制”にありそうだ。現在の米・日・欧の排ガス規制の厳しさは同程度などといわれるが、実は窒素酸化物(NOx)の規制値では、アメリカは日本より2倍も厳しい。さらに、アメリカでは使用開始後も長期にわたって排ガス性能が規制値をクリアしていることをモニターする義務まである。

 ディーゼル技術者にとっては軽油の品質も悩みの種だ。というのも、NOx吸蔵触媒に使われる白金(プラチナ)は軽油に含まれる硫黄(サルファ)によって被毒するからだ。さらにセタン価も低い。セタン価とはガソリンのオクタン価と同等の意味を持つ。セタン価が低いと、ディーゼル特有のノッキングが発生しやすく、排ガス性能に影響する。ちなみに日本では2007年頃から世界で最もクリーンな軽油が提供されるようになった。

ディーゼル車市場全体に大きな影響

 つまり、アメリカでディーゼルを市販するのはかなり高度なエンジン制御システムが必要となる。実は過去にも、アメリカの厳しい排ガス規制がクリアできないことから、多くのメーカーがディフィート・デバイスを使っていたという歴史があるのだが、現在は(少なくとも今回のVWの疑惑を除き)使われていないはずだ。しかし、アメリカでは独ダイムラーのメルセデス・ベンツやBMWもクリーンディーゼルを販売しているので、VWは排ガス規制が厳しいから違反したとは言い難い。

 排ガス規制に適合させるにはNOxの発生をいかに低減できるかがカギとなる。その要の技術が触媒で、現在VWとアウディは2種類の触媒を使っている。

 今回、違反の対象とされているのは、全米で08年から15年までに市販されたVWとアウディのディーゼル車約48万台で、ゴルフ、ジェッタ、ビートルと最新のパサート、さらにアウディA3である。

 詳しく調べてみると、09年モデルのジェッタなどはNOx吸蔵触媒を使っているが、パサートは当初から「Ad Blue(尿素SCR)」を使用。また、VW 独自の設計共通化手法MQBによって開発生産される新型ゴルフやアウディA3も尿素SCRを使っている。つまり、触媒方式にかかわらず不正プログラムが使われていたことになる。一方、08年前後にアウディが開発した3リッターV型6気筒のディーゼルは、今回は問題視されていない。

 もし、VWが法令に違反していた場合は、1台当たり最大で3万7500ドルの制裁金が求められるので、全部で約180億ドル(2兆円強)となる計算だ。これからの調査で、故意か過失か、あるいは疑惑はなかったのかが明らかになるはずだが、制裁金の額以上にVWとアウディブランドに傷がつくことが心配だ。

 この問題はディーゼルの主要マーケットである欧州でも深刻に受け止められている。ドイツ環境省は監督官庁である連邦自動車局(KBA)がドイツや欧州で似たような不正があったかどうか、自動車メーカー各社に信頼できる情報の提供を求めている。欧州委員会は詳細な情報を収集するため米国EPAや加州大気資源局(CARB)とも連携して調査している。さらに再発防止のために、欧州委員会は排出ガス試験と現実の使用環境での乖離を無くすべく、実際の走行時の排ガス量も測る新試験法を16年1月から開始する予定だ。

 もはやアメリカだけの問題ではなく、ディーゼル車を販売する世界各国で調査が始まるだろう。近いうちに日本で導入予定のVW、アウディのディーゼル車の排ガス性能に対する信頼性が気になるところだ。
(文=清水和夫/モータージャーナリスト)

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<参照ページの紹介>
米国政府EPA
http://yosemite.epa.gov/opa/admpress.nsf/d0cf6618525a9efb85257359003fb69d/dfc8e33b5ab162b985257ec40057813b!opendocument

VW本社の声明
https://www.volkswagen-media-services.com/en/detailpage/-/detail/Statement-of-Prof-Dr-Martin-Winterkorn-CEO-of-Volkswagen-AG/view/2709406/7a5bbec13158edd433c6630f5ac445da?p_p_auth=6VRBWvkI

清水和夫

清水和夫

1954年生まれ東京出身 武蔵工業大学電子通信工学科卒。1972年にモータースポーツを始め卒業後プロのレースドライバーとなる。その後、モータージャーナリストとして活動を始め、自動車の運動理論や安全技術を中心に多方面のメディアで執筆・講演活動を行う。ITS、燃料電池車、環境問題に留まらず各専門分野に整合した総合的に国際産業自動車産業論を論じるようになる。TV番組のコメンテーターやシンポジウムのモデレーターとして多数の出演経験を持つ。2009年はNEDOの『革新的次世代低公害車』の委員も務めている。自動車専門誌「Carトップ」「モーターマガジン」「ENGINE」「GENROQ」などで連載中。

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