常陽銀と足利銀の合計資産総額は14.9兆円(15年3月期)。来年4月に横浜銀行と東日本銀行が統合して誕生するコンコルディア・フィナンシャルグループ(FG)の17.4兆円、福岡銀行などを傘下にもつふくおかFGの15.6兆円に次ぐ地銀3位の規模となる。
足利銀は13年12月の再上場以来、地銀再編の「台風の目」といわれてきた。経営再建の受け皿になった足利HDの株式の36.8%を握る野村HDの金融子会社、野村フィナンシャル・パートナーズは、株式を売却して投資資金を回収するのが既定路線とみられていたからだ。
もともと足利銀は03年に経営が破綻し、一時国有化された。その受け皿になるのは地銀連合といわれていた。横浜、千葉、群馬、常陽、山梨中央、八十二(長野)、静岡、東邦(福島)の地銀8行に日本生命保険など生損保6社が加わり地銀連合が形成された。最終審査に地銀連合と野村が残った時には、野村は当て馬のように見られていた。ところが、土壇場で野村が地銀連合を100億円上回る1200億円の買収額を提示したことが決め手となった。地銀グループのまとめ役、横浜銀行の大失態といわれた。
野村の狙いは、あくまで再生ビジネス。長期にわたり地銀を経営する考えはなく、再上場の際に持ち株を売り抜けてリターンを得ることが目的だ。地銀連合に加わった各行は、足利を諦めたわけではなかった。複数行が触手を伸ばしたが、野村と株式の譲渡価格で折り合いがつかなかったとされる。足利の争奪戦は再上場後に持ち越された。
そして再上場した足利HDのパートナーとして浮上したのが、群馬銀と常陽銀だった。高速道路で結ばれる北関東経済圏の中核銀行になるためには、どちらも足利HDを手に入れる必要があった。
なかでも有力視されたのが常陽銀だった。地銀連合に加わった常陽銀や千葉銀、静岡銀、八十二銀は、東京三菱UFJ銀行の親密地銀のトップが集まる火曜会のメンバー行でもあった。足利銀はもともと旧三菱銀行の親密地銀。三菱銀の共同オンラインシステムに参加を予定していたが国有化で中止になった経緯がある。
こういうバックグラウンドがあるため、足利HDと常陽銀の経営統合が最有力視されていた。