電通の企業文化を体現する石井社長、社員過労死連発への責任感ゼロ…頑なに社内組織優先
「鬼十則」は、電通中興の祖といわれる4代目社長、吉田秀雄氏によって1951年につくられ、電通社員、通称「電通マン」の行動規範とされてきた。電通にはほかにも有名な「新入社員富士登山」がある。今年でなんと89回目となった伝統行事だ。新入社員を先輩たちが支えてグループを形成して、登頂を競う、というものである。団体主義、精神主義を核とする同社の企業文化を形成してきたシンボル的な行事だ。
石井社長自身も新卒社員としてこのような行事を潜り抜け、幹部としては主導し、その企業文化を体現した存在としてトップにたどり着いたわけである。大企業におけるこのようなサラリーマン社長が、企業文化や体質の変革に取り組むことは通常は難しい。何しろ自らがそのチャンピオンだからだ。
本社などへの立ち入り調査が行われた後に、石井社長が社員に向けて次のようなコメントを出している。
「その(マスコミ報道の)論調は、電通という企業を糾弾するものです。一連の報道に接し、心を痛めている社員の皆さんの心情を思うと、私自身、社の経営の一翼を担う責務を負っている身として、慙愧に堪えません。(略)それは、これまで当社が是認してきた『働き方』は、当局をはじめとするステークホルダーから受容され得ない、という厳然たる事実に他なりません」(引用元:「週刊現代」<講談社/2016年11月12日号>より)
このコメントは、同社の「ムラ社会」を如実に表している。犠牲者となった高橋さんのことよりも、社内組織という運命共同体への配慮が優先されているからだ。さらにトップリーダーであるはずの石井社長は、自らを「社の経営の一翼を担う責務を負っている身」と表現しており、私には「俺だけの責任ではない」、つまり「俺の責任ではない」と言っているように聞こえる。しかし、社長の責任でなければ、いったい誰の責任なのであろうか。
石井社長はまた、11月8日付朝日新聞デジタル記事によれば、11月7日の社員への説明会で、社員から事前に寄せられた質問に答えるかたちで、次のように述べたという。
「(労務管理の緊急改善策として打ち出した)午後10時以降の全館消灯は、準備期間もなく申し訳なかった。改善しながら、皆さんに納得してもらえる施策にしていきたい」
「(業務量の削減について)どの業務を減らすかはここでは答えられない。業務に関する情報は相手先があること」
全館一斉消灯の見直しを示唆する、これらの発言からも、法令違反、社員の自死という重大な事態に対しての、経営者としての厳然たる姿勢を見ることができない。危急存亡の時であり、「10時に帰れ、絶対だ」という姿勢で臨まなければならない。
電通は、9月にも本業である広告分野で「ネット運用型広告の課金での不適正業務」、つまり過大不正請求を行っていたことを認めていた。深くしみ渡ってしまったアンチ・コンプライアンス体質が強く指弾される。
電通と、石井社長に限っては、次の言葉を贈らせてもらう。
「だから、サラリーマン社長は駄目なんだ!」
次回は、「2016年 経営者残念大賞」着外者を発表する。
追記:12月23日に発表された「第5回ブラック企業大賞2016」で電通は大賞を獲得した。社長個人と企業の両方でグランプリに輝いたということだ。なんといってよいやら。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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