神保町の「変な食堂」が話題…従業員は1人、指導厳しいのにボランティア殺到の謎
ところが、店に行くとわかるのだが、小林せかいさんは1分に1度の割合で、ボランティアに「指導」をしている。「床が汚れているから拭いておいてください」とか「そろそろ、(こちらが言わなくても)途切れないように出せるようになってください」とか、言い方は優しいがとにかく手厳しい。これではボランティアがいなくなるのではないかと心配になってしまうほどだ。
ボランティアのなかには、自分も開業するために来ているので修行と思っている人もいる。ここで修行した主婦で、実際にお店を出した人もいる。そうした人は我慢して指導を聞くだろうが、なかには食堂とは関係のない歯科医師もいるというから驚きだ。しかも、「ただ飯」が食べられるのに、その権利を放棄して他の人に譲る人もいるから、ますます不思議な食堂である。
修行を重ねて準備
未来食堂にはまだまだ不思議なことが多い。だから実際に足を運んでほしいのだ。小林さんは、この不思議な食堂を開くにあたって、エンジニアらしくプロトタイピングを重ねに重ねて準備をしている。クックパッドを辞めてから、1年半にわたり、サイゼリヤ、大戸屋、お弁当屋、老舗料亭などさまざまな店で修行を重ねている。もちろん。修行のためとあらかじめ断ったうえで勤めている。
それでも修行だからと、勤務中に堂々と店のレイアウトや什器類の寸法をメジャーで測るわけにはいかない。手や足で目検討をつけ、帰宅してから数字に起こしたという。まるで、高度成長期時代、米国の半導体技術を学びにいった日本の技術者たちが、見学した内容を忘れないうちにトイレに入ってメモしたりしたことを彷彿とさせる。
妙齢の主婦が席を立つときに「おいしかったです。主婦でもこの味は出せません」と御礼を述べていた。小林せかいさんは、うれしそうにするでもなく(顔に出すことなく)、淡々としている。常連とか一見さんとか、接客に差をつけないのだという。産休でしばらくお休みなので、また戻ってくるのを楽しみにしている。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授)
【参考文献】
1.未来食堂ができるまで、小林せかい、小学館
2.ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由、小林せかい、太田出版
3.やりたいことがある人は未来食堂に来てください、小林せかい、祥伝社