ソニーから切り捨てられドン底に落ちたVAIO、想定外の完全復活の舞台裏…緻密な成長戦略
片山 生産プロセスの自動化やロボット化によって、家電の参入障壁は下がったといわれます。
吉田 レコードにしても、デジタル化によってCD、さらにMDになり、MP3プレーヤーへと移っていった。その過程で、台湾や韓国からはものすごい勢いでベンチャー企業が出てきました。
彼らは、日本企業の下請けとして力をつけた後、ブランドを立ち上げて製品をつくり始めた。製品はどんどん小型化し、価格もこなれていったんです。顧客も、音質はデジタルで十分という人が増えましたでしょう。映像も同じで、VHSからレーザーディスクなどを経てデジタル化が進み、その過程で日本メーカーは崩れていったんです。
片山 デジタルへの転換期に、生産プロセスの急激な変化や新興国メーカーの急成長が重なったんですね。
吉田 それから、日本メーカーの“自縛”です。
片山 “自縛”というと。
吉田 自分のブランドを大事にするあまり、「リビングの真ん中にあるテレビから撤退することはできない」となった。
片山 当時、どのメーカーでも同じことをいっていましたよ。
吉田 私自身、テレビから撤退するなんて夢にも思わなかった。それが“自縛”ですよ。撤退、分社化、構造改革など、打つ手はあったのにもかかわらず、大きい企業ほど対応が遅れ、傷を深くした。
片山 組織が大きいほど、転換は難しい。かりにテレビをやめようとしても、社内にはテレビに命をかけてきた人たちがいるわけですからね。
吉田 家電メーカーは、みんなテレビで伸びましたから。
片山 テレビにかかわってきた人たちの思いもあるし、工場の従業員の雇用や販売店のことを考えると、簡単に撤退はできない。結果として、経営判断の遅れにつながったわけですよね。
吉田 まあ、決断できない経営者の気持ちはわからないわけではありません。今でこそ株主目線を強くもち、選択と集中のなかで「バサッと切るべき」と考える経営者は増えていますけどね。
片山 家電メーカーにとって、バブル崩壊後の「失われた20年」とは、そういうプロセスだったんですね。
吉田 ソニーのPC事業売却も大変な決断で、そうした例の一つですよね。
“どん底”まで落ちたら、上り坂
片山 VAIO社長の話がきたとき、どんな感想を持ちましたか。
吉田 非常にありがたいと思いました。VAIOは、今でも一流の名前ですからね。中長期の成長戦略を誰に任せようということから、私に白羽の矢が立ったんでしょう。
片山 VAIOの事業がソニーから14年にカーブアウトされたとき、私は正直、生き延びていけるのだろうかと思いました。1100人いた従業員を240人に減らす一方、販売台数も500万台以上から一気に20万台以下にまで落としましたでしょう。それ自体すさまじい話ですが、そのうえ黒字を実現したというのは、またすごい。
吉田 私も3年前、VAIOの独立を外部から見ていましたが、PC産業はボリュームに頼って生きるのが普通ですから、ボリュームを落として再生とは大変だな、難しいだろうな、と思っていました。しかし、内部へ入ってみて、こういう生き方があるんだと、逆に教わりました。
まず、VAIOという会社は、PC事業だけではなくEMS(電子機器製造受託サービス)やロボットに事業の幅を広げたことが、結果として黒字化に効果を発揮した。さらに、VAIOのブランドはいまだ健在。そして、海外工場などの資産がなかったことですよね。
片山 固定費のかかる資産が少なく、身軽だということですね。
吉田 在庫水準も健全。要するに、VAIOはいまや“持たない経営”です。しかも、PCに依存しないなかで、EMSやロボット部門が形になりつつあって、固定費がさらに分散していった。
片山 しかし、規模を縮小したデメリットはなかったんですか。
吉田 例えば、調達はボリュームディスカウントがきかなくなる分、厳しくなります。ただ、固定費が小さくなりますので、自助努力で相殺できました。
片山 つまり、大企業の不採算事業は、カーブアウトして経営を一から見直せば、生き返る可能性があると証明しましたよね。
吉田 テレビ、スマホ、パソコンなどは、市場が縮小したり、競争激化によって単価が下がると、大企業には固定費が重くのしかかってくる。大企業は、本社費、共通費も高コストです。収入が減るのでリソースも減り、生産が減り、さらに固定費がのしかかり……と、負のスパイラルに陥ってしまう。
片山 下り坂の論理、マイナスの連鎖ですね。
吉田 そうなってしまうと、分社か、カーブアウトしか選択肢はありません。
片山 ソニーにとってのVAIOは、まさにそうでしたね。カーブアウトによって、ソニーは身軽になって株価が上がりました。そして、VAIOは生き残った。
吉田 カーブアウトして規模を縮小し、固定費を圧縮した時点で、負のスパイラルから逃れた。落ちるところまで落ちたわけです。
片山 “どん底”というと失礼ですが……。
吉田 そう、“どん底”に落ちて、立ち直った。ということは、PCの業界が下り坂であっても、われわれにとっては上り坂です。1年目は売り上げが少なく、縮小した固定費さえ賄えず赤字になりましたが、2年目、3年目は売り上げが伸び、EMSやロボットに少しリソースを振ったために、黒字化したんです。
AIBOの技術をEMSに生かす
片山 EMSやロボットに取り組んだことは、大きな成果だったのは間違いないですが、なぜEMSに取り組んだのでしょうか。
吉田 なんとしても、PC事業を生き延びさせないといけない。そのためには、収益性の高い部署をつくる必要があった。PCがヘタってしまうリスクもあるなかで、PCのリソースを削ってEMSに回したんですから、勇気のいる決断です。前任の経営者は立派ですよ。
片山 EMS事業に取り組めたのは、VAIOをつくってきた長野県の安曇野工場に、技術力の蓄積があったからですね。
吉田 そうです。VAIOは1961年に安曇野工場を立ち上げて以来、脈々と技術を蓄積してきました。現に、ソニーのエンターテインメントロボット「AIBO」の設計や生産を手掛けた技術を生かし、トヨタ自動車の「KIROBO mini」、富士ソフトの「Palmi」などを受託生産しています。
片山 不思議なのは、日本のような高コスト社会で、なぜEMSが成立するのかという話ですよ。
というのは、鴻海精密工業をはじめとする台湾のEMS企業は、低コストの大量生産モデルによって成功した。しかし、ソニーはかつて、このモデルを模そうとしてEMSに取り組みましたが、うまくいかなかった。もはや、日本ではEMSは成り立たないと思っていました。
吉田 VAIOが手掛けているEMSは、大量生産ではなく、高密度高設計の少量型です。熟練の技術者がいて、製造の人たちも高い技術を蓄積しているからこそ可能なんです。
片山 ロボットをつくるのは、それほど難しいということですか。
吉田 ロボットは、まずアイデアがあって、企画、設計、試作、調達、実装、製造、さらに品質保証や製品安全、出荷、そしてアフターサービスまで、一気通貫した流れが必要になります。その間、作業は山ほどある。
なんとなくしゃべったり動いたりするロボットは、高校生でもつくれますが、量産して、アフターフォローまでできる企業となると、ほとんどないのが現状です。ベンチャー企業なら、生産して販売までこぎつけたとしても、アフターサービスができないとか……。
VAIOにはその点、「AIBO」以来のノウハウがある。EMS事業は手持ちの財産を生かしたからこそ、成功したんです。力のない企業には注文はきません。
片山 トヨタや富士ソフトのような一流企業でさえ、自社ではロボットの量産ができないから、頼んでくるんですね。
吉田 量産には、いろんなノウハウがありますからね。例えば、市販すれば、誰がどこをどう触るかわからない。大きな負荷がかかれば腕がとれたり、関節が折れたりします。どれほどのスタビリティを持たせるかの判断もノウハウです。
さらに、通信など電波を発するなら、電波法の技術基準に適合しないといけないし、おもちゃとして売るなら玩具安全基準に適合すべきだし、そのほか、国内外の認証は山ほどあって、どれをどこでどうやって取得するかというノウハウだけで大変なんです。
VAIOは、負荷がかかる場所に対するトルクの制御から設計する。認証をすべてクリアできるように、設計思想の段階から組み込んでいくノウハウがある。
片山 EMS事業には、VAIOの得意技が生きているわけですね。ソニーの遺産だな。ロボティクス分野は、これから期待できますね。
吉田 ロボティクスは、今後、テレビやスマホと同じような業界規模になるでしょう。FA系(産業用)ロボットに加えて、ペットや癒し系などコミュニケーションツールとして伸びてくる。われわれは、なかでも小型高密度設計を中心としたロボットを担っていきます。
国産PCで中国市場に斬り込む
片山 今後の成長を、どう見ていますか。
吉田 今は山のふもと、まだ、なだらかな上り坂です。固定費をコントロールし、過去の仕掛けを刈り取りながら登っているので、売り上げが上がると収益も出る。しかし、さらに3年から5年経ち、シェアが一定水準を超えると、山は険しくなって新たな装備が必要になる。開発リソース、営業リソース、あるいはラインナップの拡充などです。それに備えて、今、新しい仕掛けが必要なんですね。
片山 吉田さんは今後、VAIOを“筋肉質”にするといっていますね。
吉田 誤解がないようにいうと、太っているからダイエットして筋肉質になるのではありません。現状のVAIOは、ヤセギスの中学生みたいなものです。今後、高校野球やプロ野球で活躍しようと思えば、栄養を摂って筋肉をつけ、体をつくっていかないといけない。
つまり、もっと売り上げを増やして収益を確保し、固定費をコントロールしていかないといけない。筋肉質になるとは、投資循環を整えながら成長するということです。それと並行して、ブランドを磨いていきます。
片山 そのためには、とりあえずPC事業の拡販ですか。
吉田 PC事業の核は、あくまで国内です。国内のB2Bの需要をきちんと取り込み、シェアを拡大します。ただ、今後は南米4カ国で展開しているライセンス事業や海外事業など、付加価値を生む仕事は必要になります。PC事業は、いわば付加価値をのせるベースなんです。
片山 中国のPC市場に再進出しますが、国産のPCで勝ち目はあるんですか。
吉田 私も最初は、「中国でパソコン? また? 無理じゃない?」って思いました(笑)。でも、中国にはVAIOブランドに愛着をもっている方がたくさんいらっしゃる。PCの巨大市場でもある。しかも、地の利がありますよね。中国の消費者マインドは、アメリカより日本に似ていると思っています。
片山 中国のEコマース大手、JDドットコムと提携しましたよね。
吉田 JDドットコムは、一社で大量に売ってくれるので、われわれは中国で販売するといっても、彼らとだけ話せばいい。何十社もの量販店と話す必要はないし、どこの都市に店をつくるとか、販売会社をつくるとか、在庫を持つとか、店頭の改修など、過去何十年間も重ねてきた苦労は、一切しなくていい。
片山 大量生産するんですか。
吉田 大量生産となると、いろんな副作用が出てきます。われわれは、あくまで核は国内事業ですから、中国でいきなり量を追う必要はありません。慌てず、丁寧にやるということで、承諾してもらっている。先方から「やりたい」といってきていることなので、話は進めやすいんです。
第三の柱、ソリューション事業
片山 第三のコア事業に位置付けるソリューション事業を開始しましたね。
吉田 VAIOはもともと、法人向けのPC事業において、カスタマイズやセキュリティなどのソリューションを提供しています。さらに、EMSやロボティクスも、基本はソリューションですね。したがって、PCとロボットにソリューションという横串を通した。そして、PCとロボット以外の分野のソリューションの受け皿として、ソリューション事業を立ち上げたんです。具体的には、VR(バーチャルリアリティ)や教育分野への展開です。
片山 VRでは、ベンチャー企業のABALと提携されました。
吉田 VRは現在、さまざまな分野で案件が動いていて、ロボットと同様、今後、業界規模がグッと大きくなります。どの業界もそうですが、ソリューション事業もVAIO一社では完結しません。いろんな企業と提携しながら進めます。VRのビジネスは、B2Cではなく、B2B、B2B2Cを考えています。詳しいことはまだ話せませんが、ハードに依存するつもりはありません。
VAIOがVRというと、すぐ「ヘッドマウントディスプレイをつくるのか」となるんですが、ハードは、どんどん新技術や商品が出てきますから、ヘタに突っ込んでいくと過去の二の舞になります。PCやスマホで疲弊していった歴史を、繰り返すつもりはありませんね。
【吉田さんの素顔】
片山 お好きな食べ物はなんですか。
吉田 お刺身と日本酒があれば、幸せです。
片山 海外生活中は、どうしていたんですか。
吉田 海外でも、お刺身と日本酒を出すお店を探して使っていましたね。浮気せず、決めたところにいくタイプです。
片山 ストレス解消法はありますか。
吉田 ワンちゃんですね。ウェルシュ・コーギー・ペンブロークを飼っているんですが、犬に癒され続けて14年です。犬が年をとってきたので、心配でしょうがないんですけどね。
片山 最近読んだ本はありますか。
吉田 最近はVRの本ばかり7冊くらい。それからセキュリティ関係の専門書です。キャッチアップするのに、大変ですよ。
片山 ご自分の性格を一言でいうと。
吉田 自分のことはわかりませんが、会う人にいわれるのは、「いつ会ってもブレないね」ってことですね。
片山 ブレないためには、何が必要ですか。
吉田 ハラに据えるってことですかね。VAIOを引き受けて、企業価値を上げるって決めたら、それ以外もう何もない。そのためには、ドブさらいでも何でもやります。
片山 いきたい場所はありますか。
吉田 クロアチアにいきたい。イタリアの文化の影響を受けていて、食べ物はおいしいし、風光明媚だし、観光地化し過ぎていなくて、雰囲気を味わえる場所です。
片山 最後に、経営とはなんですか。
吉田 バランスでしょうね。軸で見るべきときもあるし、山あれば谷あり、右をいう人も左をいう人もいる。収支が合わなきゃ利益は出ませんし、何を考えても、最後はバランスにいき当たりますよね。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)