既得権益を脅かされた勢力と政府権力の結託
ジャンク債で金融市場に劇的な変化を起こしたミルケン氏は、経済界の反発を買う。企業が融資に頼らなくなると銀行は商売あがったりだし、敵対的買収は経営者の地位を脅かすからだ。マスコミは巨額の報酬を稼ぐミルケン氏を強欲だと叩いた。
1989年、ミルケン氏は詐欺など98の罪で起訴される。結局、有罪となったのはわずか6つで、それまで投獄の対象になったことのない、ささいな罪ばかりだった。それにもかかわらず、同氏は禁錮10年の判決(2年に減刑)を受け、1年10カ月の刑に服する。
ミルケン氏は証券業界を永久追放され、近年は慈善活動のほか、自身の名を冠した「ミルケン研究所」の運営に注力している。同研究所が主催し、米国版ダボス会議とも呼ばれる国際経済会議「ミルケン・グローバル・カンファレンス」は毎年盛況だ。それでも汚名が完全に晴れたとはいえない。
昨年8月、米モルガン・スタンレーのマネージングディレクターだったデービッド・バーンセン氏が、ミルケン氏の恩赦をトランプ米大統領に求めた。ブルームバーグの報道によると、バーンセン氏は大統領宛ての書簡で、ミルケン氏に対する起訴は「集団的なねたみが手に負えなくなった時代」の結果だと主張。恩赦すれば「ニュースの見出しを飾ることを意識し、企業社会で働く人間にダメージを与える起訴」に歯止めをかけることを示唆すると訴えた。
CNBCは今年5月、アンソニー・スカラムーチ元ホワイトハウス広報部長らトランプ大統領の側近が、ミルケン氏の恩赦を大統領に働きかけていると報じた。もし恩赦が実現すれば、若き日に栄光から突き落とされ、今72歳となった元「帝王」にそれほどの慰めにはならなくても、既得権益を脅かされた勢力が政府権力と結託し、異分子を排除する構造への警鐘にはなるだろう。
ゴーン氏の罪は、退任後にもらう予定の役員報酬を有価証券報告書に記載していなかったことだとされる。しかし専門家が指摘するように、一般には虚偽記載罪は粉飾決算に適用されることが多く、役員報酬の虚偽記載を罪に問うのは異例だ。しかも退任後の支払いの約束となると、そもそも記載義務があるか疑問だという。
ささいな罪に問われ、名誉を剥奪されたミルケン氏の姿が重なる。心あるメディアは検察当局の「大本営発表」を垂れ流すのでなく、その背後にある真実に迫ってもらいたい。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)
<参考文献>
フランクリン・アレン、 グレン・ヤーゴ共著、藤野直明他訳『金融は人類に何をもたらしたか: 古代メソポタミア・エジプトから現代・未来まで』(東洋経済新報社)