小学校「デジタル教材」先進国スウェーデンで学力の低下が顕著…脱デジタルへ

文部科学省の公式サイトより

 2019年度から文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」。現在、ほぼすべての小中学校で生徒1人あたり1台のデジタル端末が整備されており、授業ではデジタル教科書・教材などのデジタルコンテンツが使用されている。だが、10月22日付「読売新聞」記事によれば、世界に先駆けて06年に1人1台端末の整備が進み、紙の教材からデジタル教材へ移行していたスウェーデンで学力の低下が顕著となり、紙の教材に戻る動きが広まっているという。日本でも同様の現象が起こる可能性はあるのか。そして、GIGAスクール構想の現状と成果はどうなっているのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 文科省が4610億円の予算(19~20年度)をかけて始動させたGIGAスクール構想は、「Society5.0時代を生きる子供たちに相応しい、誰一人取り残すことのない公正に個別最適化され、創造性を育む学びを実現するため、『1人1台端末』と学校における高速通信ネットワークを整備する」というもの。主体的・対話的で深い学びにつながる授業、きめ細かな指導や双方向型の授業の実現を目指すのが目的で、生徒1人1台端末(コンピュータ・タブレット)の整備、高速大容量の通信ネットワークの整備、ICT技術者の配置などが柱。授業でデジタル教科書・教材などデジタルコンテンツを積極的に活用することを推奨している。

 ハードウェア面では、22年度末の時点で全国の小中学校では1人1台端末はほぼ整備され、校内通信ネットワークの供用も開始されている。デジタル教科書も導入が進んでいる。ICT支援員については22年度末時点で4.6校に1人が配置され、今年度中に8200人を配置する目標が据えられている。

GIGAスクール構想の存在は大きな救い

 仮に全国の多くの小中学校で1人1台端末の整備が進んだ2021年度をGIGAスクール構想の本格開始1年目とすると、今年度で4年目となるが、その構想は当初の目的どおりに進んでいるのか。大阪教育大学・産官学イノベーション共創センター教授の仲矢史雄氏はいう。

「『子どもは紙だけで学習すべきだ』という考え方は、現代社会の現実にはそぐわないかもしれません。現在、多くの大人は資料を紙ではなくデジタル端末で読み書きしています。そのため、GIGAスクール構想のようなデジタル化の取り組みが進められるのは自然な流れといえるでしょう。

 とはいえ、GIGAスクール構想がすべての子どもにとって有益であるとは限りません。それは、世の中に万能薬がないのと同じです。しかし、デジタル端末を使うことで学習が進む子どももいます。特に、デジタル教材の音声読み上げ機能は、読み書きが苦手な子どもにとって非常に役立ちます。従来は『勉強ができない』と見なされていた子どもでも、耳で聞くことで理解を深める場合があります。そのような子どもは、音声で教材を読み上げる機能があるデジタル端末が使えないと絶望的な状況に置かれることになるため、GIGAスクール構想の存在は大きな救いとなります。

 既存の学力が高く、デジタル端末の操作も得意な子どもにとっては、GIGAスクール構想はプラスに働くでしょう。一方で、読み書きは得意でもデジタル端末の操作が苦手な子どもにとっては、授業中に苦手分野が目立ち、取り組まざるを得ないため、勉強嫌いになるリスクもあります。しかし、デジタルスキルを習得することで、こうした子どもたちも能力を伸ばせる可能性が高いといえます。

 また、読み書きもデジタル操作も苦手な子どもにとっては、不得意な課題が増えることで負担が重くなり、オーバーフロー状態に陥る可能性があります。そのため、GIGAスクール構想には、子どもたちの特性に応じた光と影の影響を考慮することが必要です。

 したがって、子ども一人ひとりの特性に合わせてデジタル端末の使い方を工夫する必要があり、教員の子どもたちへの理解、『目利き力』が重要となってきます。現状、多くの公立小中学校では、例えば国語の授業で紙の教材を使った読み書きが苦手な子どもを少人数でデジタル端末を活用する支援学級でサポートするなど、個別最適化を図る取り組みが行われています。また、『ここでは全員がデジタル端末を使用し、ここでは全員が紙の教材を使い、別の場面では子どもごとに教材を使い分ける』といったスイッチングの工夫にも注目が集まっています」

認知タイプによってデジタル端末の効果は異なる

 そんなデジタル教育の先進国であるスウェーデンで、教育現場における脱デジタル化の動きが広まっているという。10月22日付「読売新聞」記事によれば、デジタル教育への移行が進んだ近年、学力の低下がみられるようになり、OECD(経済協力開発機構)が22年に実施した国際学習到達度調査(PISA)では「読解力」「数学的応用力」「科学的応用力」のすべてで前回(18年)の調査から順位を下げたという。日本でも同様の動きとなる可能性は考えられるのか。

「日本では、デジタル端末の活用が欧米に比べて遅れていると言われることがありますが、その背景にはいくつかの理由があります。欧米では教科書が非常に厚く重く、共用であったため、自宅に持ち帰って学習するのが難しいという事情がありました。デジタル教科書を導入し、端末に教材を集約することで、その問題が解決されたのです。

 一方で、日本の教科書は個別に配布されることを前提に作られており、内容が精選されて薄く軽量化されています。教科書が薄いことで、教員は1年内に全範囲を教え終えることができるというメリットもあります。そのため、デジタル教材化で動画や補足情報を追加できるのは利点ですが、『欧米の教科書は厚くて立派だが、日本の教科書は薄すぎるので、デジタル化で内容を詰め込むべきだ』とする意見は、本来の目的を見失っていると言えるでしょう。

 欧米の一部の国でデジタル端末の導入が学力低下につながったと認識された理由として、特に低学年の子どもたちの情報処理能力がまだ発達段階にあることが挙げられます。この年齢の子どもたちは、紙の教材、デジタル教材、教員が黒板に書く内容、自分のノートなど、複数の情報源を同時に見る必要があると、情報を整理・処理しきれなくなることがあると考えられます。

 日本でもデジタル端末の導入が学力低下につながるかという点については、一概には言えません。というのも、認知タイプによってデジタル端末の効果が異なり、端末の活用で学力が向上する子どももいれば、そうでない子どももいるためです。また、同じ子どもであっても、教科や内容によってデジタル端末の影響は変わるでしょう。

 一方で、学習において、子どもが考えて出した答えが正しいかどうかを即時にフィードバックすることは、認知科学の観点から知識定着の効率を高めるとされています。したがって、デジタル端末をこうしたフィードバックを即座に提供する目的で活用すれば、どのタイプの子にとっても学力向上につながる可能性が高いと考えられます。

 GIGAスクール構想はまだ導入から数年で過渡期であり、評価は難しいですが、アジア諸国は日本の教育行政をウォッチして、成功していると評価できれば自国に取り入れる傾向があるため、アジア諸国が数年先に似たような取り組みを行うのかどうかというのも、GIGAスクール構想をどう評価するのかという判断基準になってくるでしょう」

(文=Business Journal編集部、協力=仲矢史雄/大阪教育大学教授)

仲矢史雄/大阪教育大学・産官学イノベーション共創センター教授

理学博士(東京工業大学)、修士(学術)(名古屋大学)
大阪教育大学 科学教育センター 教授(2019年4月 - 2020年3月)、大阪教育大学 教育イノベーションデザインセンター 教授・副センター長(2020年4月)
仲矢史雄プロフィール

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