ちなみに、日清食品の安藤家とワコールの塚本家は、姻戚関係にある。というのは、安藤徳隆氏と塚本能交氏の夫人は、いずれもコクヨ創業家(黒田家)出身者であるからだ。安藤徳隆夫人は黒田章裕・コクヨ現社長の長女、塚本能交夫人が黒田・元社長の3女である。
日清食品は大阪、ワコールは京都で生まれた関西企業。関西では戦前から、ビジネスで成功した人たちの子息と令嬢が結婚し姻族となってきた。ちなみに、コクヨの黒田家は竹中工務店ともつながっている。竹中統一・社長夫人は、塚本能交夫人の姉(黒田氏の2女)。さらに、政界にまでパイプは続く。竹中宏平・元社長の長男・祐二夫人は、竹中登・74代総理大臣の3女である。
中部経済圏も似ている。こうした関係を、あたかも戦国時代の政略結婚のように見る向きは少なくないが、必ずしも結婚を通じてビジネスで多大な恩恵を受けているわけではない。むしろ、物心がついた頃から「公人」と接し、日々その話を聞いてきた新郎新婦はお互いに、「公人」とは何であるかを教えなくても知っている。そのため、(ファミリービジネスの)経営者という特殊な仕事が理解できること、そして、他の創業家で公人意識を教育された伴侶を得たことで、「公人としての自覚」がさらに高まることを期待しているのだろう。
もっとも、専門経営者(サラリーマン社長)も従業員、顧客、取引先、株主などさまざまなステークホルダーに対して最高責任を負う「公人」だが、ファミリービジネスが大きく異なる点は、ファミリーが絡んでいることである。
●「良きファミリー」とは何か
ファミリービジネス(同族企業)の特徴とは、どういうものだろうか。これを単純化したのが、J・デービス米ハーバード大学教授の「スリー・サークル・モデル」である。図を見ただけでも、ファミリービジネスが経営者企業よりも複雑であることがわかる。
経営者企業(非ファミリービジネス)であれば、専門経営者はマネジメントとビジネスの結果だけを意識していればいい。ところがファミリービジネスは、そうはいかない。創業家(ファミリー)と、彼らが有するオーナーシップにも配慮する必要がある。言い換えれば、専門経営者の家族は経営と関係ないが、ファミリービジネスの場合は家族が企業の運営に影響を及ぼすということになる。
経営者企業が多い大企業群の中で、あえてファミリービジネスを展開し差別化していくには、ファミリーが関わる長所を発揮しなくてはならない。そのためには、良きファミリーが求められる。良きファミリーとは、俗にいう「楽しい家庭」ではない。365日、家族の全員が会社の経営を考えているファミリーである。子供までが会社の財務内容を把握しておけ、と言っているわけではない。その立場に応じて、会社がより良くなるよう意識している姿勢である。まず、そのような人は一般家庭にはいないだろう。だからして、ファミリービジネスの社長夫人は「公人」でなくてはならない。単なるセレブな奥様であるだけでは不十分なのである。