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片山修「ずたぶくろ経営論」

なぜトヨタは世界初FCV「ミライ」を市販できたのか 不可能を可能にした20年の格闘

文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家
なぜトヨタは世界初FCV「ミライ」を市販できたのか 不可能を可能にした20年の格闘の画像1トヨタ自動車「ミライ」

 トヨタ自動車が2014年12月、世界に先駆けて発売した燃料電池車(FCV)「ミライ」によって、水素社会は大きく前進する。ミライが街を走れば、水素エネルギーは私たちにとって一気に身近な存在になる。水素社会の実現には、どんな意味があるのか。どのような価値をもたらすのか。安全性はどうなのか。水素社会は広がっていくのか。

 FCVは、水素と酸素を化学反応させて発電する燃料電池を搭載し、そこから生み出される電気でモーターを動かして走行する。走行時に排出されるのは水だけという究極のエコカーだ。

 ミライのサプライズは、大きく2つある。一つは、乗り心地だ。今年2月、私は東京都内の一般道で、納車されたばかりのミライに試乗した。乗ったのは、6色あるボディーカラーの一つ、ツートンダークレッドマイカメタリック<2NM>である。運転席に乗り込み、スタートボタンを押す。ほとんど無音の状態で起動し、無振動のまま静かにスーッと走り出す。発進加速はかなり力強い。前輪駆動(FF)車にありがちなコーナー曲がりの膨らみはなく、安定してスッと回る。

 ミライは、全高1535mmとトヨタの「クラウン」よりも約70mm背が高い。一般的に背が高ければ、重心は高くなり、走りは不安定になるが、ミライは違う。車両中央部の床下に燃料電池を積むレイアウトを採用することにより、重心を下げているのだ。低い重心と前後重量バランスによって、スポーティーなハンドリングを実現している。ミライのプロジェクトリーダーを務める、トヨタ製品企画本部チーフエンジニアの田中義和氏はいう。

「水素インフラが整備される前でも、乗りたいと思ってもらえる車にしたいと考えました。ですから、低重心、前後バランス、ねじり剛性にこだわって、ハンドルを切ったら気持ちよく回れる、走って楽しい車に仕上げました」

 もう一つのサプライズは、価格である。ミライの車両本体価格は税込み723万円で、国の補助金を引いた実質価格は約520万円だ。トヨタは02年にFCVのリース販売を開始。車が約1億円といわれていたなか、システムコストを20分の1程度とすべく開発を進めたことで、ミライのシステムコストは500万円を下回ることができたという。当然、赤字覚悟の価格設定と思われるが、何よりも普及を最優先に考えているからにほかならない。

「燃料電池車はプレミアムカーであってはいけません。一般ユーザーさんに選んでもらって、普及させることに意味があるわけですからね」(田中氏)

●「走る工場」からのスタート

 トヨタがFCV開発に着手したのは、1992年である。田中氏は「当初は、大きなワゴンの荷台に燃料電池の構造体が入っているような状態で、さながら走る工場だったようです」と振り返る。

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

愛知県名古屋市生まれ。2001年~2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。主要月刊誌『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。経済、経営、政治など幅広いテーマを手掛ける。『ソニーの法則』(小学館文庫)20万部、『トヨタの方式』(同)は8万部のベストセラー。著書は60冊を超える。中国語、韓国語への翻訳書多数。

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