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藤和彦「日本と世界の先を読む」

米国政府、迫るデフォルト危機…中国人民元が基軸通貨化か、ロシア金融制裁が裏目

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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米国ホワイトハウスのHPより

 今年第1四半期、世界の中央銀行による人民元の利用は過去最高水準となった。ブルームバーグによれば、今年3月、中国の輸出入決済における人民元の比率(48%)が初めて米ドル(47%)を上回った。人民元決済が最も増えているのはエネルギー大国ロシアとの貿易だ。西側諸国の制裁により、国際金融決済網「国際銀行間通信協会(SWIFT)」から排除されたロシアは、中国が構築した「人民元国際決済システム(CIPS)」を利用するようになった。ロシア中央銀行は4月上旬、「昨年のロシアの輸入決済の人民元のシェアが前年の4%から23%に急上昇した。今年もその比率は上昇している」と明らかにしている。

 ロシアからの原油輸入の全量が人民元で決済されている(5月14日付ロイター)。今年5月、人民元建てで購入したアラブ首長国連邦(UAE)産LNGが広東省の港に届いた。 エネルギー取引の分野で人民元の存在感が着実に大きくなりつつある。

 人民元決済の拡大は目を見張るものがあるが、国際貿易決済に占める人民元の存在はドルの足元に及ばない。SWIFTによれば、今年2月時点のドルのシェアは84%であるのに対し、人民元のシェアは前年の2倍以上になったものの、4.5%にとどまっている。だが、米国は中国の動きに神経を尖らせるようになっている。エネルギー取引で人民元決済が進めば、基軸通貨ドルの礎を築いたとされる「ペトロダラー」体制にひびが入りかねないからだ。

 ペトロダラー体制は、1974年10月に当時のキッシンジャー国務長官がサウジアラビアを訪問し、同国との間で「王家の保護を約束する見返りに原油輸出をすべてドル建てで行う」との合意を成立させたことに始まる。3年前の71年8月にニクソン政権はドルと金の交換を停止し、その後のドルの為替相場の下落に直面したため、金の代わりに原油をアンカー(最後の支え)にすることでドルの価値安定を図ろうとした。

 だが、ドルが本当の意味での基軸通貨になったのは冷戦終結以降のことだ。米国は歴史上初めて「世界の警察官」となり、エネルギーをはじめ世界の貿易全体の安全を保障してくれる存在となった。現在の国際通貨体制は米国への信頼がドルの価値を支えるという「米ドル本位制」にほかならない。かつての金と同じ役割を担うようになったドルは究極の価値保蔵手段となり、米国とは友好関係にあるとはいえない国々にもドルは外貨準備の対象として選好されてきた。

 世界の外貨準備に占めるドルの割合は2001年に7割を超えたが、米国政府がドルを制裁の手段として利用するようになったが災いして、直近の比率は6割弱にまで低下した。 ウクライナを侵攻したロシアに対する制裁でドルの価値は再び毀損した。米国が主導する形でロシア中央銀行が保有するドル建てやユーロ建ての外貨準備3000億ドル(約39兆円)分を引き出せなくしたことから、国際社会は改めて「ドルを外貨準備で保有することはリスクが高い」と痛感する結果となった。

サウジと中国

 特に、多額の原油売却代金をドルで保有するサウジにとって、ロシアに対する米国の制裁は「対岸の火事」ではなかった。バイデン政権は人権問題などでサウジに厳しい姿勢で臨んでおり、サウジ王室が「明日は我が身」と考えても不思議ではない。昨年12月にサウジを訪問した中国の習近平国家主席は、同国との間で包括的戦略パートナーシップ協定を締結させ、中国輸出入銀行はサウジアラビア国立銀行に対して人民元建ての融資協力を開始している。

 なかでも世界の注目を集めたのは、中国側が「サウジからの原油輸入を人民元で決済したい」と提案したことだ。サウジと世界最大の原油輸入国である中国が人民元建てで取引を始めれば、ペトロダラー体制にとって一大事だ。中国は今年3月、自らの仲介でサウジアラビアとイランの外交関係を回復させるなど、中東地域で米国に代わって影響力を行使するようになっている。

 だが、サウジが原油取引を人民元で決済するつもりはないようだ。サウジ政府は1981年5月以来、通貨リアルをドルにペッグしており(1ドル=3.65リアル)、変動相場制を採用しているロシアのように決済通貨を変更することは容易ではない。自国の安全を保障してきた米国との関係をさらに悪化させることは避けたいとの配慮もあるだろう。

米国の波乱要因

 ペトロダラーに代わる「ペトロユアン」の誕生は杞憂に終わると思えたが、その矢先に波乱要因が急浮上している。米連邦政府の債務は早ければ6月1日に法定上限の31兆4000億ドルに達するが、党派対立が激化している議会で上限の引き上げについての合意が得られる見通しが立っていない。上限を引き上げなければ、米国政府はデフォルトに追い込まれる。米国が誇る金融市場が大混乱することは必至であり、混乱に乗じて中国が人民元の基軸通貨化を進める可能性は排除できなくなっているのだ。

 気になるのは「通貨覇権をめぐる争いが世界戦争の引き金になった」という悲しい歴史の前例があることだ。第2次世界大戦勃発直後の1940年、欧州戦争を優位に進めていたドイツが「欧州共通通貨」構想を提唱すると、英ポンドに代わってドルの基軸通貨化を目論んでいた米国は「トンビに油揚げをさらわれる」と大慌てとなった。ドイツとの対決姿勢が一気に高まり、米国の大戦参加の遠因になったといわれている。通貨をめぐる興亡が米中の決定的な対立を引き起こさないことを祈るばかりだ。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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