蓄電所は”第2のFIT”になるのか…投機マネーが押し上げた申請容量と、経産省の是正シナリオ

●この記事のポイント
系統用蓄電池(蓄電所)への投資が過熱し、接続検討申込みは原発191基分(約143GW)に到達。背景には経産省の補助金や、太陽光出力制御でJEPX価格が昼0.01円・夜23円まで開く価格差ビジネスがあるが、実態は着工を伴わない接続権の転売も横行。経産省は保証金倍増や上限価格引き下げで規制を強化している。
AI(人工知能)需要の急拡大とデータセンター増設を見据え、電力系統に接続して充放電を行う「系統用蓄電池」(蓄電所)への投資が、かつてない過熱を見せている。日本経済新聞の報道によれば、電力会社への接続検討申込みは容量ベースで原子力発電所191基分に相当する規模に達したとされ、業界内では”投機目的の転売前提”とみられる開発も指摘されている。もっとも、この過熱は純粋な電力需給の逼迫だけで説明できるものではない。国の手厚い補助金、太陽光の出力制御が生み出す昼夜の電力価格差、そして系統接続の「権利」そのものを転売するマネーゲームが複雑に絡み合っている。2010年代の太陽光発電で起きた「IDバブル」と酷似した構造が、電池という新しい器で再現されつつある。
●目次
なぜ今、蓄電所なのか
蓄電所ビジネスが投資マネーを吸い寄せる背景には、大きく二つの制度的・市場的な追い風がある。
一つは公的支援の手厚さだ。資源エネルギー庁は「再生可能エネルギー導入拡大・系統用蓄電池等電力貯蔵システム導入支援事業費補助金」を継続的に公募しており、令和7年度補正予算でも執行団体を通じた支援が行われている。事業類型によって補助率は異なるが、再エネ電源併設型など一部区分では補助率が最大3分の2に達するケースも報じられており、事業者は初期投資(CAPEX)の相当部分を公費でカバーできる。加えて令和8年度予算のGX(グリーントランスフォーメーション)関連予算では、系統用蓄電池関連の要求額が前年度から大きく積み増されたとされ、政策的な後押しが投資リスクを引き下げている構図がある。
もう一つが、卸電力市場における「価格差ビジネス」の定着だ。日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場には0.01円/kWhという実質的な下限価格が存在し、太陽光発電の出力が高まる日中はこの水準に張り付く「タダ同然」の時間帯が頻発する一方、夕方から夜間にかけては需要増と太陽光の減少により価格が跳ね上がる。実際、2022年4月の実績では日中0.01円/kWh近辺に対し、夜間は16〜23円/kWh台まで開いた例も報告されている。「安く買って高く売る」というアービトラージ(裁定取引)モデルは、容量市場や需給調整市場も含めた複線的な収益構造として制度的に定着しつつある。
こうした複線的な収益構造を裏付けるように、大手リース会社の東京センチュリーは国内で約600メガワット規模の蓄電所開発を進めており、内部収益率(IRR)は「10%以上」を目線に事業性を見込んでいるとされる。また、長期脱炭素電源オークションでは2024年度に蓄電池・揚水式発電で約173万キロワットが約定しており、最長20年間にわたる容量収入を確保できる制度的な支えも投資判断を後押ししている。事業者からみれば、卸電力市場のアービトラージ、需給調整市場の調整力提供、そして容量市場という三つの収入源を組み合わせることで、単一市場の変動に左右されにくい事業モデルを描けることが、電力事業者だけでなく商社やインフラファンド、不動産会社など異業種からの参入を呼び込む要因になっている。
「蓄電所の収益は卸電力市場の価格差だけでなく、長期脱炭素電源オークションによる容量収入、需給調整力の提供という三本柱で成り立っています。これが補助金と相まって、事業性を押し上げてきたことは事実です」(エネルギー政策研究家・佐伯俊也氏)
実態はマネーゲーム
過熱の裏側で顕在化しているのが、実際の稼働を伴わない「権利」そのものの売買だ。
系統用蓄電池が電力網に接続するには、電力会社に対する接続検討の申込みと、その先の契約手続きという長いプロセスを経る必要がある。用地確保の専門業者によれば、上位系統の空き容量不足から連系承諾を得られる確率は「5%以下」ともいわれるほど狭き門であり、だからこそ接続の見込みが立った「権利付き土地」自体に高い市場価値が生まれる。工事に着手せずとも、系統接続の検討順位と土地の権利さえ確保できれば、その開発権利を海外インフラファンドや大手事業者に転売してキャピタルゲインを得られる——これが「工事ゼロ」でも利益が出る構造の正体だ。
日本経済新聞は、こうした土地や送電網接続の権利の転売が活発化している実態を報じており、地元の仲介業者や初期開発者が権利を取得したうえで、開発ノウハウや資金力を持つ事業者に高値で売り抜けるケースが広がっているとされる。資源エネルギー庁の資料でも、2024年度の接続検討申込件数が前年度(1,599件)の約6倍に急増したことが示されており、なかには1事業者が100件以上の接続検討を同時に申し込む事例も確認されている。「原発191基分」という申請容量の多くには、こうした投機的・重複的な申請や、実現性の乏しい「ペーパー蓄電所」計画が相当数含まれているとみられ、実需だけでは説明のつかない数字を押し上げている面は否めない。
「土地や系統枠の権利売買自体は再エネ開発でも一般的な手法ですが、問題は着工の意思や資金的裏付けを欠いたまま申請だけが積み上がる点です。系統は公共インフラであり、実現性の乏しい”空押さえ”が真に事業化能力を持つプレーヤーの参入機会を奪っている構図には注意が必要です」(同)
先に待つ「収益の共食い」と規制強化リスク
投機的な過熱に対し、制度側も是正に動き始めている。
まず接続ルールでは、2025年1月以降、接続検討の申込み時に登記簿の確認結果や地権者との対応状況を示す書類の提出が義務化され、実現性の乏しい申請の事前排除が図られている。接続検討回答の有効期限も原則1年と明確化され、2026年4月には工事費負担金に対する保証金が5%から10%へと倍増した。これは日本経済新聞が「送電網接続の頭金2倍」と報じた措置とも符合する。さらに工事費が事業者の提示上限を超えれば即座に「連系否」と判定する運用も導入され、経済産業省は先着順を基本としてきた接続ルールを、事業化の確度を重視する「アセスメント型」へ転換する検討も進めている。空押さえの排除に向けた制度の「穴塞ぎ」は、今後さらに強化される公算が大きい。
もう一つの構造的リスクが、稼働台数の増加そのものが収益源を蝕む「共食い」現象だ。全国で蓄電所が稼働し始めれば、日中に大量の電力を吸収する主体が増えるため、これまで前提としてきた昼夜の価格差(アービトラージの利益源)自体が縮小に向かう可能性がある。実際、調整力を提供する需給調整市場では、2026年3月に上限価格が1コマ(30分)あたり19.51円から15.00円へと引き下げられ、同時期の一次調整力の落札価格もオンライン・オフラインともに約5円下落した。さらに2026年9月1日には上限価格が15円から10円へと再度引き下げられる見通しだ。背景には、14円を超える高値約定が全体の数量では約3%にすぎないにもかかわらず、調達費用の約17%を占めていたという需給の歪みがあり、経済産業省・電力広域的運営推進機関はこの是正に動いている。蓄電池・VPP(バーチャルパワープラント)事業者は、従来15円を前提としていた収益モデルを10円ベースへ即時に見直す必要に迫られている。
「容量市場や需給調整市場は制度的な下支えがある一方、参入が集中すれば価格が是正されるのは市場の自然な帰結です。今後は卸電力市場でのアービトラージ収益も、稼働台数の増加とともに縮小していくシナリオを織り込んで事業計画を立てる必要があるでしょう。安易な高値掴みでID・土地を取得した事業者ほど、収益の下振れリスクにさらされやすい構造です」(同)
投機目的で権利を取得した事業者にとっては、規制強化による失効リスクと、稼働後の収益性低下という「二正面」の逆風が同時に迫っていることになる。とりわけ、着工に必要な資金力や電力ビジネスの運用ノウハウを持たないまま、権利の値上がり益のみを狙って参入した事業者ほど、保証金の負担増と収益見通しの下方修正という二つの逆風に耐えられず、権利の手放しや事業からの撤退を迫られる可能性がある。逆に言えば、実需に基づいた需要地近接性や電力需給運用のノウハウを備えた事業者にとっては、こうした選別の過程こそが、良質な系統枠を確保する好機にもなり得る。
バブルの適正化と、真に稼働する事業者の選別へ
系統用蓄電池が、日本の脱炭素化やAI・データセンター時代の電力インフラにとって不可欠な設備であることに疑いの余地はない。太陽光の出力制御によって捨てられている電力を有効活用し、電力需給の安定化に資する存在として、その社会的意義は大きい。
一方で、投機的なマネーの介入によって系統接続という有限で公共性の高い資源が「無駄遣い」され、真に事業を実現する意思と資金力を持つ事業者の参入機会が圧迫されているとすれば、それは看過できない副作用である。接続ルールの厳格化と需給調整市場の価格是正という二つの動きは、過熱した市場に対する制度側からの明確な軌道修正のシグナルといえる。今後は、投機的に積み上がった「見せかけの容量」が整理される一方で、実際に稼働し続けられる事業者への選別が本格化していくとみられる。蓄電所バブルが健全な形で収束するかどうかは、業界の持続的な発展そのものを左右する分水嶺になりそうだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家)
【主な参照データ】
・「蓄電所投資過熱、『原発191基分』に 投機目的の転売前提開発も」日本経済新聞(2026年)
・「蓄電所ビジネス沸騰 土地や送電網接続の権利、転売活発に」日本経済新聞
・「蓄電所用地『転売ヤー』にメス 政府、送電網接続の頭金2倍」日経GX
・「蓄電所『まさにバブル』 需給調整市場、価格10分の1が適正」日経GX
・「系統用蓄電池『接続できない時代』へ 経産省が規律強化、『空押さえ』排除」環境ビジネスオンライン
・「系統用蓄電池の接続契約、1年で3倍増、3GW超える」メガソーラービジネス(日経BP)
・「系統用蓄電池投資は続く 上限価格引き下げ後の収益構造」research.nicoxz.com
・「2026年3月、一次調整力の蓄電池落札価格が大幅下落」エネハブ
・「需給調整市場、上限価格15円から10円へ」Gridwatch Policy Desk
・「JEPXスポット市場の下限価格『0.01円/kWh』を撤廃せよ」日経クロステック
・資源エネルギー庁「系統用蓄電池をはじめとする発電等設備の迅速な系統連系に向けた対応について」(2026年2月)
・系統用蓄電池用地に関する解説記事(tiktak-jp.com ほか)











