病気の原因を見つけ出す疫学研究(コホート研究)の分析では、どの年齢層でも認められる関係といいたいがゆえに、普遍性を強調する手段として調査開始時の年齢の影響を数学的に調整する統計処理をすることがとても多い。
しかし、この研究は主な年齢ごとのリスクファクター寄与度を綿密に検証するため、あえて年齢を調整する手法をとっていない。寿命が長い国・地域の集団の健康リスクを見極めるには、この分析手法のほうが適している。日本のような長寿国の健康施策づくりには、この種の成果がとても参考になる。
細かく説明すると、40歳ではコレステロールが1mg/dL増加するごとに心臓病死亡率は1.1%増加する。しかし、50歳では死亡率の増加する程度は半分となり、60歳ではさらにその半分の0.3%の増加程度になる。この60歳までの関係は、数理統計学的には誤っている確率のとても低い関係である(統計学的には有意という)。
このトレンドを俯瞰すると、高齢になるに従い、血中コレステロールが高いと心臓病になりやすいという関係はかなり希釈されてゆく様子がわかる。そして70歳では0%、なんと80歳ではマイナス0.5%となり、血中コレステロールの高いほうが心臓病死亡率は低下することとなる。70歳になったら、心臓病予防を考える場合、血中のコレステロールの値は気にする必要はないということになる。
血中コレステロールは老化に伴い低下する。すなわち80歳ではコレステロールの高いほうがリスクが低いということは、シニアの心臓病予防はコレステロールの低下を防いだほうが有効であり、「コレステロールはしっかりとるべし」ということになる。
シニア集団は生き残り集団
では、なぜシニアになるに従い、血中コレステロールの寄与度が低下し消失していくのであろうか。
シニア集団は生き残り集団である。ミドル世代でコレステロールが高くて心臓病になった者は、シニアになれないのである。シニアは“篩(ふるい)”にかけられた集団なのである。同じ病気でも、ミドルとシニアとではその原因が異なる。
この科学的知見は世界的にインパクトを与え、「シニアの心臓病予防に血中コレステロールを積極的に下げる科学的根拠はない」という科学潮流が生まれ、米国の高コレステロール血症の治療指針の見直しにつながった。日本ではこの科学認識が明らかに不足している。
(文=熊谷修/東京都健康長寿医療センター研究所協力研究員、学術博士)