「なんぼのもんですのん」
それでは、ひとつ「ええかっこしいは、アホの下」法則の応用例をみてみよう。
以前に東京出身の優秀な遺伝子工学の研究者に聞かれたことがある。彼は、短期間だけ請われて京都大学で研究をしたことがあった。その時、下宿の大家のおばあさんに、「京都大学で何を、やってはるんですか」と聞かれた。まじめな彼は、戸惑いながらも「遺伝子工学です」と答えた。大家さんは「それって、なんぼのもんですのん?」と真顔で聞いたという。この研究者は、答えに窮した。彼の私への質問は、「こういうときに関西ではどう答えればいいのか?」というものである。
ここで、おばあさん相手に「遺伝子工学の今日的意義」を講義するようだと、関西では生存できない。答えは、難しいが「なんぼのもんでもありまへんがな」が適当なところだろう。「ごく潰しですわあ。すんまへんなあ」と踏み込んでもいい。できれば、自分を落とすギャグ、例えば「自分の子供もおらんのに、遺伝のことを研究するなんてちゃんちゃらおかしいでんなあ」程度の軽いぼけを一つくらいいれるのもよいだろう。
関西人が東京に適応するには
関西人も、こうした関西文化と東京の文化の違いを理解しておけば、東京の社会に適応するときに役に立つだろう。関西人は、「ええかっこしい」とみなされるのを恐れるあまり、自己の過小評価をしてみせ、自虐的なギャグで笑いを取ろうとする。それが、東京の社会では、相手に違和感を与えることが多い。
つまり、過度に自虐的なギャグは、東京では「ドンびき」されることがあるので、注意したほうがいい。また、大組織で動くときは、自分の能力や状態を過不足なく正確に伝えて、効率的なチーム編成をしなければならず、自己の過小評価も組織には迷惑なことになる。
また、東京では「関西人はおもしろい」というイメージが定着していて、極端な人は関西人はみんな漫才師のような人だと勘違いしていることもある。そこで、ときによっては「関西人なのだから、さあ、いまからおもしろいことを言え」というような無茶な状況になることもある。このあたりは、最初に無理をしておもしろいことをすると後々が大変なので、無理せず、関西人がみんな漫才師ではないことを周囲に理解してもらったほうがいい。
何年か前に、日本のことをまだあまり知らないアメリカ人から、関西人のステレオタイプのイメージについて聞かれたことがある。
そこで私は、アメリカ人に関西人の説明をした。ユーモアのセンスがあり、多くのコメディアンがいる。ビジネスに長けており、挨拶がわりに「いくらかせいでいるか」(もうかりまっか)と聞く。強い中小企業が多い。ユニークな人材が多く、独創的な研究をする土壌がある。
こういう説明を聞くとそのアメリカ人は、「そりゃ、アメリカにおけるユダヤ人が持たれているステレオタイプのイメージとそっくりだ」と驚いていた。
どこか違うような気もする。アメリカ人と雑談して、探っていただきたい。
(文=小林敬幸/『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』著者)