「作曲ソフト」です。
これを使えば、「音符」「五線譜」「コード」「和音」の知識、楽器の演奏技術は一切不要で、作曲が可能となっています。極端な言い方をすれば、「作曲ソフト」とパソコンのマウスが使えれば、ピアノだけ、ギターだけの演奏ではなく、「バンドとしての演奏」までもが可能となります。
本稿執筆のために、私は「Music Maker MX」というソフトウェアの体験版を試したのですが、「歌唱音声技術」「動画映像技術」に続き、再び度肝を抜かれました。
イメージでいうと、ギターと書かれたホルダーから、ギター用の演奏アイコンを楽譜の上にいくつか置くだけで、ギターセクションが完成。同じように、ピアノ用アイコンとドラム用アイコンを置き、それを適当につなげたり延ばしたり縮めたりすることもできます。
これだけのことで、ギター、ピアノ、ドラムのバンドが完成です。それぞれのセクションの音は、自動的に計算されて不協和音も発生させず、立派な曲のように聞こえるのです。これは、魔法か? と本気で思いました。今回、私が生まれて初めてつくった(というか、ソフトウェアにつくらされた)曲は、30秒で完成しました。
しかし、どんなに優れたソフトウェアが開発されたとしても、結局のところ、「歌唱音声技術」と同様に、自分でメロディ(旋律)はつくらなければなりません。ところが、メロディには一種の法則というのがあり、例えば特定の5音を使うだけで「曲のように聞こえる」という技があります。このほか、「悲しい気分になる曲のルール」「楽しい気分になる曲のルール」などの経験則が積み上げられたものを「音楽理論」といいます。
「Music Maker MX」で、私が本当に度肝を抜かれたのは、ここからです。
先ほど書いたピアノ、ギター、ドラムの演奏アイコンを並べたものに対して、「楽しい感じの曲」と指定すると、「Music Maker MX」が、楽しいイメージの曲を勝手につくってしまうのです。
コンピュータは、もはや「音楽理論」をベースに自ら作曲をするレベルに至っているのです。このような優れたソフトウェアがあれば、人生で1回も楽器に触ったことがない人でも作曲は可能である、と私は確信するに至りました。
●初音ミクを誕生させるモチベーション
さて、今回は初音ミクに関する3つの技術についてご紹介しました。これらの技術に共通するパラダイムは明快です。
「たった1人の、閉じた世界での、『初音ミク』の具現化」
です。
スポンサー(出資者のご意向)も、ヒエラルヒー(上司の承認)も、チームワーク(マネージメント)も、スケジュール管理(進捗の線表)もいらない、自分だけの閉じた世界での初音ミクの具現化。
私は、1人のエンジニアとして、拳を天に向かって突き上げたくなるほど、この「閉じた世界の素晴らしさ」を理解できるのです、自分のアイデアを仕事として提案するためには、他人に説明して、誤解を丁寧な言葉で解いて、稟議を通すために頭を下げて回らなければなりません。面倒くさいですが、組織で何かをつくっていく以上、仕方がないことです。
しかし、自分の考え通りに何かを創作すること(例えば、このコラムを書くこと)には、そのような面倒な手続きは発生しません。私は、自分の世界で、自分自身の意思で、なんでも自由に表現できるのです(時々、編集担当者からストップがかかりますが……)。
「1人で閉じた世界での創作活動」というのは、私のような人間には、「地上に存在する、最後のパラダイス」なのです。そして、この初音ミクが他の創作物と決定的に異なる点は、「自分では表現できないこと(歌唱、ダンス)」を、初音ミクというキャラクターを通じて実現させることができ、それが100%自分の裁量で行えるという点にあります。加えて、このキャラクターを創成する立場であれば、間違いなくキャラクターに「愛」が込められていくのは当然のことです。
前述した通り、私はボーカロイドパッケージ「結月ゆかり」の4小節程度のソロパートの歌唱だけで、いとも簡単に彼女に魅入られてしまいました。私のわがままなプロデュース(音階を変えて、リズムを変えて、歌い方を変えて)に素直に応じて、何度でもやり直す、そのけなげさに胸を打たれるのです。