毎日のように見かけるインターネットの「炎上」。多くの場合は“やったもの勝ち”であり、自分の正義を叫び続けているだけでしかないのが現状だ。そして、対象を燃やし尽くすか、まわりがあきれていなくなるまで鎮火しない。
そんな炎上を、どう対策すればいいのか。前回に続き、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)の著者で国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師の山口真一氏に話を聞いた。
表現の自由と炎上の規制を両立させるのは難しい
――現状は“やったもん勝ち”であることも多い炎上の対策は、どのようにすればいいのでしょうか。
山口 メディアアクティビストの津田大介さんは、プロバイダ責任法の開示請求の手続きをもっと柔軟に、簡略化すべきだと話していますね。私も賛成です。
※プロバイダ責任法の開示請求…ネットで誹謗中傷などを受けた際に、被害者はプロバイダに対して該当の情報発信者の個人情報の開示を求めることができる。
――ただ、プロバイダ責任法の開示請求では、炎上が起きてからの「事後対応」になりますよね。炎上が起きること自体を防ぐというのは難しいのでしょうか。
山口 「表現の自由」を担保したまま炎上を法的に規制するのは非常に難しいですね。もちろん、差別表現や行き過ぎた誹謗中傷は許されるものではありません。ただ、「どこからが“行き過ぎ”なのか」という問題があります。
また、現在の日本は平和ですが、もし表現に対する法的な規制ができたら、将来、その規制を拡大解釈して悪用しようとする強権的な政権が誕生するかもしれません。そういう点でも、規制はなかなか難しいと思います。
――中国やトルコのように、政府によりネットが監視され、発言に規制が入る国もありますよね。中国ではツイッターも使えません。
炎上を見たときに問われる「冷静な判断力」
――そうなると、現時点で有効な対策はないのでしょうか。
山口 難しいのですが、いくつかはあります。まず、私の個人的な意見としては社会全体が変革するべきで、教育やマスメディアのあり方の変革を提案しています。
「情報の発信で他人を傷つけてはいけない」というのは当たり前ですが、受信においても変わらないといけません。炎上を見ても、冷静に判断することが大切です。たとえば、未成年の飲酒はよく炎上のネタになりますが、「その人が将来を奪われ、社会的に抹殺されないといけないほど悪いことなのか」と冷静に考えることも必要ではないでしょうか。もちろん違法行為なので安易に許したり助長したりすべきではありませんが、行き過ぎたバッシングも問題視されるべきです。
――「未成年の飲酒炎上」の場合、まったく関係のない人たちが「社会的に抹殺してやろう」と本人が通う学校や親の職場にまで連絡するような行為に、むしろ異常性を感じますね。
すべての情報は「偏っている」
山口 また、「自分の受信している情報には偏りがある」ということを常に認識することが大切ですね。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)なら、自分に考えの近い人が友人に多いはずですし、グーグル検索でも基本的には自分の考えに沿ったワードで検索しますよね。
例として、「○○(芸能人の名前) 批判的なワード」と検索した場合で考えてみましょう。そう検索すると、その人を批判する記事が上位に多く表示されます。それを読んで、「やっぱりそうなんだ」「批判してもいいんだ」というふうに自分の考えを強固にしていってしまう。
「自分と近いものばかりを見てしまいがち」という点で、ネットは集団極性化を助長する可能性があります。「自分が接している情報は偏っているのだ」という認識を持つことが大切ですね。
――そういった「偏り」といえば、ネトウヨなどのわかりやすい例を思い浮かべがちですが、私も含めて全員が偏っているんですよね。
山口 そこがポイントなんです。全員、偏っているんです。たとえば、2016年のアメリカ大統領選挙前に「トランプが勝つ」ということを予測できなかった人はたくさんいましたよね。
――いわゆる知的階層の人に多かった印象です。
山口 そういった人たちは、自分と同じような人たちとの輪の中で生活していたからわからなかったんです。「偏っている」ということ自体は防ぎようがないので、「偏っているのだ」ということを認識することが大切ですね。それだけでも、だいぶ違うと思います。
炎上リスクを減らす「サロン型SNS」とは
山口 また、経済学者の田中辰雄先生(山口氏の前著『ネット炎上の研究』<勁草書房>の共著者)は炎上対策として「サロン型SNS」を提唱しています。
サロン型SNSは、「人によって発信力に制限をつける」というものです。利用社を「論者」と「読者」に分け、論者は自由に発信できますが、読者は見ることはできても論者と直接交流することはできません。しかし、読者同士では議論ができるというものです。
田中先生は、インターネットが学者たちの情報交換として使われていたネット黎明期を知っています。特定のコミュニティで使っていたものを全世界に開放したから、強すぎる情報発信力によって炎上などの問題が起きているということを踏まえて、昔のように「発信者を制限する」という考えですね。
――サロン型SNSは、既存のネットサービスを組み合わせても近いものは実現できますよね。ホームページだけをつくり、コメント欄は設けず、SNSも利用しなければ、少なくともリアルタイムで双方向のやり取りにはなりません。実際、そういう運営をしているサイトも多いですよね。
山口 ただ私自身、サロン型SNSの考えは理解できるのですが、賛成はできないんです。私は、みなが平等に情報を発信できることに価値を置いているからです。「“論者”を誰が決めるのか」という問題もありますし。
あとは、市場原理の問題ですね。サロン型SNSでは炎上を防ぐことができても、大多数のユーザーがいるツイッターでも防げなければ意味がない。炎上のリスクがあっても多くの人がツイッターを利用するのは、あの拡散力が魅力だからです。そのため、サロン型SNSが誕生したとしても、多くの人はツイッターを選択するのではないでしょうか。
終わりなき炎上に見える「いい兆し」
――こうしてみると、結局、炎上は今後数年で劇的に改善するようなものではないのでしょうね。山口さんはネット炎上の研究をされていますが、その道のりの遠さにうんざりしたりすることはありませんか?
山口 ただ、炎上に携わっている人は全体の0.5%程度であり、200人に1人の割合です。調査によって、「炎上を引き起こしているのは、ごく一部の人なんだ」ということが数字上でわかったことは大きいです。
また、私は炎上の解決策として「社会の変革」を挙げていますが、実際に変革の兆しはあるんですよ。たとえば、16年12月の「WELQ」騒動によってキュレーションメディアが問題視され、ネット上のコンテンツの「情報の質」が注目を浴びるようになりました。また、朝日新聞により「不謹慎狩り」という言葉が生まれ、災害時などに過度な自粛を求めるネット上のムードにも一石が投じられました。
――キュレーションメディアの問題も「不謹慎狩り」も、2年前の前回の取材のあとの出来事ですよね。後者については、「不謹慎狩り」という秀逸なネーミングが問題提起に一役買った気がします。
山口 ネット炎上の“本丸”は崩せなくても、その周辺で変革は見えています。識者のなかには「ネットで議論はできない」という方も多いですが、私は「希望がある」という立場でネットを見ています。
(構成=石徹白未亜/ライター)
『炎上とクチコミの経済学』 科学的データが常識を覆す。炎上も、クチコミも科学的に見れば、「情報拡散」という同じ現象の表と裏なのである。炎上を過度に恐れずに、ビジネスでソーシャルメディアを最大活用する方法! 完全炎上対策マニュアル付き。
『節ネット、はじめました。 「黒ネット」「白ネット」をやっつけて、時間とお金を取り戻す』 時間がない! お金がない! 余裕もない!――すべての元凶はネットかもしれません。