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悪徳SESの実態、エンジニアを食い物にする…還元率やマージンを誇大広告

文=冴羽大理/ITジャーナリスト
【この記事のキーワード】
システムエンジニア
「Getty Images」より

 最近、これまでタブーだった「闇」が、世の中に露呈するようになった。ビッグモーターの不正や、ジャニーズ事務所の性加害問題など、業界の人は以前から知っていたが、誰も告発することもなく闇に葬られていたことが、次々に明るみに出ている。そういう時代なのだ。

 今回の記事では、IT業界の闇を明らかにする。エンジニアを騙し、食い物にしている「悪徳SES」の実態をお伝えしよう。悪徳SESは、多くのエンジニアの人生を狂わせて、甘い汁を吸い続けている。

 また記事の後半では、悪徳SESとは対極の、驚異的なエンジニアの給料アップを実現している良心的SES事例も紹介する。

 SES(System Engineering Service)とは、クライアント企業にエンジニアを労働力として提供している契約形態だ。エンジニアが常駐するので派遣業に似ているが、仕事の指揮命令がクライアント企業ではなく受託会社にあるという点で異なる。SESの業態は「準委任契約」と呼ばれる。

 少し難しくなったが、SESは派遣業ではない、という点だけ覚えてほしい。

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 では、悪徳SESは、どこが悪徳なのだろうか。

 ここで、業界の闇を知るA氏(仮名)に登場いただこう。A氏は、自身がエンジニアであり、多くの闇を体験してきた人物である。A氏が指摘したのは、まず「誇大広告」についてだった。

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業界の闇を告発するA氏

「とにかく誇大広告がひどいです。<還元率75%、待機時(配属先が見つかるまでの待機)給料100%保証>と宣伝しているのですが、入社してみると、社会保険料や交通費が引かれ、さらにボーナスの積み立て分も引かれてしまいます。結局、40%くらいしか手元に残りません。

 単価が60万円なら給料は26万円です。還元率75%なら給料45万円のはずじゃないですか。詐欺的としかいいようがないです」

 A氏の言う「単価」とは、依頼された仕事の1カ月分の売り上げのことだ。“75%還元”と聞けば、「単価」×75% が給料としてもらえると、誰もが思うはず。しかし悪徳SESは、なんだかんだと諸経費を引いて、広告よりも低い給料を与えている。

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「私の知人ですが、悪徳SESに騙されたと思って辞職を申し出ると、ボーナス前だからボーナスの積み立て分は返さないとか、客先に迷惑になるから違約金を払えと、理不尽なことも言われたそうです。

 それから待機時100%保証と言っていたにもかかわらず、待機時に売り上げ分が損失したとして、ボーナスの積立金からまるまる引かれていたそうです」

 このような詐欺的行為は違法ではないのだろうか。A氏は、「ここが派遣業と違うところです」と語る。

 先に述べたように、SESは派遣業ではない。したがって、労働者派遣法(以下、派遣法)の適用外となっているのだ。派遣業であれば派遣法に則り、マージン率を開示しなくてはいけない。さらに、マージンについての厳格な定義・規定があるため、ごまかすことができない。

 しかし、SESは派遣法の適用外にあるため、「還元率」や「マージン」に関して、勝手な解釈をしても処罰など受けない。悪徳SESは、この法的グレーゾーンを巧みに利用しているのだ。

 一方、堂々と派遣業まがいのことをしている悪徳SESもある。

「エンジニア募集で<未経験者も歓迎>と募集広告で謳って採用し、コールセンターや家電量販店など、エンジニアとは全く関係ない現場へ就業されることがあります。未経験でもプログラミング技術が学べる、と思ってIT企業に入社したつもりなのに、蓋を開けてみれば、場違いな現場への派遣。これではキャリアアップは望めません。

 経験のあるエンジニアも、バグを発見するだけの仕事や、データ入力業務など、高度な技術を必要としない業務しかないクライアントに行かされたりして、スキルアップにもならず、自分の市場価値を高めることもできません。結果、給料はずっと低いままです。

 私の知人のエンジニアは『ある日、所属しているSESの社長のインスタグラムを見た時です。社員はみんな薄給で毎日苦労しているのに、社長はリゾート地でセレブなパーティーをしている。その時、ようやく、自分が搾取されているんだと気付きました』と嘆いていました」

 法的なグレーゾーンを悪用し、エンジニアを搾取して利益を貪っている悪徳SES。エンジニアは、悪徳SESから身を守る術はあるのだろうか。A氏は、3つのポイントを指摘した。

「口コミサイトで確認するだけでなく、自分で積極的に会社の評価を調べる努力をしてください。まれなケースですが、悪徳SESのなかには、組織ぐるみで高評価の口コミを書き込んでいるところもありますから。

 次に、自分で可能な限り調べ、還元率などに疑問を持ったら、まず、メールなどで問い合わせしてください。何度質問しても明確に答えない場合、要注意です。

 最後に、“自分の価値は、自分で上げていく”ということを忘れないことです。悪徳SESで働くことは論外ですが、会社がチャンスを与えてくれない、と言わず、自分で積極的にスキルアップをすべきです。やる気さえあれば、学ぶ方法はいくらでもあります。自分の価値を自分で上げていけば、必ずチャンスに巡り会えます」

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 ここまで悪徳SESについて書いてきたが、エンジニア諸君に希望を持ってもらうために、良心的なSES事例を紹介しよう。静岡県掛川市にある、リツアンSTCという会社だ。派遣事業をメインに、SES事業も全国へと展開している。

 ずっと悪徳SESの取材をしてきた筆者が、初めてリツアンを知った時には、「嘘でしょう。そんなクレイジーな会社があるわけない」と思ったくらい、エンジニア・ファーストに全振りした会社である。

 客観的評価も上々だ。リツアンは、『周囲にすすめたい転職先企業ランキング』(Openwork調査)で3位になった。1位Meta、2位Google、という超有名企業がランクインするなかでの堂々の3位だ。さらに、『1300万件のクチコミでわかった超優良企業ランキング』(東洋経済新報社)で、ベンチャー企業から選ぶ超優良企業ランキングで8位にランクインしている。

 リツアンには社員が800名以上いるにもかかわらず、内勤社員はわずか24名しかいない。しかも、本社は掛川市の商店街の中にある。小さな飲食店や地元の学習教室と軒を並べているのだ。豪奢なビルのフロアにオシャレなオフィスをイメージしていた筆者は、ここでまず驚いた。

 悪徳SESは、身の丈以上に、家賃のバカ高いビルにオフィスを構えていたりするが、リツアンはまるで逆だ。ここにリツアンの企業理念が表れている。

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静岡県掛川市の静かな商店街にある株式会社リツアンSTC本社(写真中央)

 リツアンの代表取締役である野中久彰氏は、こう語る。

「派遣やSES会社は、立派なオフィスはいりません。客先に常駐している社員が自社オフィスに来るのは、会社にもよりますが年に数回程度です。ならば、その高額な家賃分をエンジニア社員の給料に充てたほうがよっぽど喜ばれます。この理由からリツアンは本社を『静岡県掛川市の商店街』から動かすつもりはありません」

 リツアンは、エンジニアに<68%還元>を約束している。悪徳SESとは違い、純粋に68%還元だ。しかも、在籍年数が増えれば、還元率が上がっていく仕組みになっている。3年在籍すれば80.8%(平均)、10年在籍で90.3%(平均)も還元するのだ。筆者も聞いたこともない数字だ。

 リツアンの給与水準の高さは圧倒的だ。技術派遣の平均474万円(労働局「令和元年度 労働者派遣事業報告書の集計結果」を基に算出)のところ、リツアンは平均668万円と、約200万円も差がある。

 さらに、驚くべきことがある。常駐先企業からの引き抜きもOKというのだ。普通は、稼ぎ頭のエンジニアを常駐先企業が引き抜くのはNGだ。しかし、リツアンはOKどころか「歓迎します」という。

「リツアンは売上利益のためにエンジニア社員を囲い込むことはしません。退社する際にも引き止めたりしません。入社も退社も再入社も、個人の自主性を最大限に尊重しています。常駐先企業とコネをつくって独立するのも歓迎です。リツアンは出入り自由のサークルのような会社を目指しています」(野中氏)

 この言葉だけを聞けば理想的すぎるが、しっかり結果を出している。リツアンは、ここ5年で社員数を倍増させたという。その理由の一つが、リファラル(紹介)採用の増加だ。リツアンがエンジニア・ファーストで、給与水準が高いことがエンジニアに評価され、リファラルでの採用へとつながっている。それゆえ、求人広告を出さなくてもよく、広告費用が浮き、その分をエンジニアの給料に還元できている。

 リツアンのリファラル入社率は71%にも及ぶ。普通の企業では、良くて20%くらい(MyRefer調べ)だ。この数字がいかに高いかがわかる。

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 さらにリツアンは、またもやクレイジーな企画を始める。未経験者向けの、完全無料エンジニア養成講座「テラコヤテック」を実施するというのだ。10月1日から応募を開始するとすぐに話題になり、すでに多くのエントリーがあるという。応募者のなかから学習意欲の高い受講生を選び、6カ月かけて現場で働けるレベルを目指す。受講終了後は、リツアンに就職しなくてもよく、受講者の自由だ。

「現在、日本はエンジニア不足といわれています。それにもかかわらず、悪徳SESのような業者がエンジニアを潰しているのです。エンジニアの地位も上がっていきません。このままでは、日本は世界に負けてしまいます。私たちは、質の高いエンジニアをどんどん生み出し、日本の底上げをしたいのです」(同)

 日本では、多重下請けの問題等でエンジニアの地位が世界に比べて著しく低いといわれる。それを助長しているのが、悪徳SESに代表されるような、エンジニアを食い物にする業者である。まだまだ数は少ないが、リツアンのような、エンジニア・ファーストのSES企業が増えることを願ってやまない。

(文=冴羽大理/ITジャーナリスト)

冴羽大理/ITジャーナリスト

冴羽大理/ITジャーナリスト

かつてIT企業にてメガバンクや外資系大手会社等のIT構築を手がけた経歴を持つ。その後独立。日本のIT業界全体の向上を目指すことを信条としている。

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