世の中には、正しいか間違っているか、適切か不適切か、すっぱりと分類しにくい事柄がしばしばある。
いわゆる”ドローン少年”の逮捕も、その1つだ。
「祭りの上空撮影」で逮捕の是非
少年の直接の逮捕容疑は、東京・浅草の三社祭にドローンを飛ばして撮影すると示唆する動画を配信したこと。主催者や警察に余計な警備を強いたとして、威力業務妨害に当たるとされた。
彼はこれまでも、長野・善光寺で御開帳の法要中にドローンを落下させ、また東京の国会議事堂近くでドローンを飛ばそうとしていたところを見つかっている。警視庁からは、「落下すれば危険がある」などと再三注意を受けた。官邸ドローン落下事件を機に、ドローン対策に神経を尖らせている警視庁としては、彼の無反省ぶりや親の監護能力からして、「これ以上放置できない」となったのだろう。
とはいえ、ドローンを飛ばすこと自体が犯罪になるわけではない。インターネットの掲示板に犯罪予告を書き込むことについて業務妨害罪を適用するのはわかるが、お祭りを上空から撮影したからといって、誰かになんらかの害悪をもたらすわけではない。善光寺での落下も、少年はわざと墜落させたわけではないようだし、三社祭で飛ばしたからといって、害悪がもたらされる危険性がどれほどあるのかも不明だ。官邸ドローン落下事件以前なら、少年の行為がとりたてて問題にされることもなかっただろう。そうしたことを考えると、15歳の少年を逮捕して勾留まですることは強引すぎるように感じる。
もっとも、だからといって、まったく何もせずにおくことが適切だったのかというと、そうとも言い切れないのが悩ましいところだ。
この少年は、今年2月に川崎市で起きた上村遼太君殺害事件の際には、まだ逮捕前だった被疑少年の自宅前でネット中継を行って被疑少年の実名をさらしたり、家族が出入りする様子をそのまま流したりした。この時も通報を受けた警察が職務質問を行ったが、「任意か強制か。任意なら答えない」と拒絶。「迷惑をかける行為はやめるように」との注意にも、「別に法律違反はしてない」「僕にも自由はある」と突っぱねた。そのやりとりも、彼はネット中継していた。
ネット上で、「(被疑少年の名前などを公表することを禁じる)少年法61条を守れ」「相手のことを考えろ」などと苦言を呈せられても表情ひとつ変えず、「僕は自分の権利を行使しただけ」と意に介さなかった。
逮捕された少年の今後は
こうした彼の言い分は、断片的には正しい。人は任意の職務質問に答える義務はない。「迷惑をかけた」という理由だけで、警察が人を従わせる権限はない。少年法61条は罰則を伴わず、強制力はない。彼にも、当然のことながら、表現の自由はある。
ただ、世の中は権利と義務だけで回っているわけではない。今も、ネット上に残る彼の動画を見ていると、人間が社会生活を営む根源的なところで、「この子はこのままで、大丈夫なのかな」と心配になる。自身の権利に対する強烈なこだわりが、硬直した発想や想像力の希薄さと相まって、心のバランスの悪さをもたらしているように感じられてならない。
私は専門家ではないので断定的なことは言えないが、そのような彼のふるまいを見ていると、これは刑事司法の領域ではなく教育や心のケア、福祉などの範疇に属する事柄なのではないかという気がする。また、少年をファンの大人たちが物心両面で支え、より過激な動画配信をしようという使命感、やる気、自信を煽り、資金も提供するネットでの動画配信のあり方の問題でもある。
そうした分野の困り事が、すべて警察に持ち込まれ、そこでなんらかの対応をしなければならないという仕組みが、今回のような強硬策を招いたといえるかもしれない。
少年事件の場合、警察などが扱った事件は、すべて家庭裁判所に送られる。殺人事件や傷害致死事件など、罪が重い重大事件に関わったとされる14歳以上の少年は、検察から家裁へ送られた後、検察に逆送致されて大人と同じ裁判を受けることがある。しかし今回の少年は、そうした重罪を犯したわけではないため刑事司法の流れには乗らず、今後は家庭裁判所がなんらかの保護処分を行うことになるだろう。その過程で、観護措置決定をして少年鑑別所に一定期間収容するか、少年をとりまく環境を調整するか、必要な専門家のアドバイスやカウンセリングを受けさせるなど、今の彼に必要な措置や支援が施される可能性もある。
この少年の場合、「任意」のアプローチで、専門家につなぐ手法はすべて拒絶されることが予想された。警察が、少年法の趣旨に則り、必要な措置や支援が与えられる道に彼を連れていくための入り口として、とりあえず刑事事件として扱ったという選択をしたのであれば、それが必ずしも間違っているとはいえないだろう。
少年法というと、とかく「甘過ぎる」と声高に非難する声ばかりが伝えられがちだが、こうした事件では、むしろ逆である。今回の事件が、20歳以上の大人が引き起こしたものであれば、逮捕されたとしても起訴猶予があり得るし、起訴されても執行猶予がつくだろう。どちらにしても、いったん身柄が自由になれば、その後は野放し状態だ。一方、少年の場合、成人なら執行猶予がつくであろうケースでも少年院送致になることもあり、保護観察処分の場合も保護司などから定期的に指導を受けなければならないなどの条件がつく。
濫用の恐れが拭えない業務妨害罪規定
このようなプロセスが、彼にとってよりよい成長の機会になるよう願ってやまない。そして、ネット動画に携わる業界が、これを機に未成年の利用に関し、金銭授受や配信に関する自主的なルール作りに乗り出してほしいと思う。今の状況を放置したままでは、ドローンばかりか動画のネット配信にまで法規制が論議されるような事態も考えられるのではないか。テレビ業界に対する政治介入も厭わない現政権の姿勢を、ネット業界は見くびらないほうがよいだろう。
その上で再度、今回の業務妨害罪の適用について触れておきたい。お祭りの会場にドローンを飛ばすと示唆しただけで業務妨害罪が適用され、裁判所があっさりと勾留状を出したことが、やはり気にかかる。この事件が前例とされて、業務妨害の対象がますます拡大する可能性はないのだろうか。例えば、政府の政策に反対するデモや集会、その取材や中継などの行為が、警察や役所に普段の業務とは違う負担を強いたという理屈で、捜査の対象になる事態があるのではないかという懸念がぬぐえない。
元検事の落合洋司弁護士は、「業務妨害は、妨害の対象を広くとらえているので、元々濫用の恐れがある。普段は自制的な運用がされていても、いざ警察が『やろう』と思った時には、いつでも濫用できてしまう危険性はある。今回のドローン少年は、その経緯を考えると特殊な事案であり、やむをえなかったのだろうが、これは例外的なケースと考えるべき」と指摘する。
「やむをえない」とは、つまり法の適用として「間違っている」とまではいわないが、「これが正解」と胸を張れるものでもないということだろう。捜査機関や、とりわけ裁判所が、そのことを自覚して、これを安易に前例としないよう注意喚起をしておきたい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)