一方、協会の斎藤修審判委員長は「試合全体はクリーンでいい試合だった。不満なら協会を通じて言えばいい」とジャッジ内容に問題のないことを報道陣に説明した。しかし青森県の八戸クラブで伊調を子供の頃から指導した沢内和興氏は「冷静に試合の映像を見直し、所属(=ALSOK)とも話をしてから考える」と、県協会を通じ抗議する可能性も示唆した。
さて、田南部氏がなんと言ったのか。現在、審判委員会が調査中だが「赤(伊調)の2点だろ」「普通にやって」「よく見ろよ」などと言ったとされるが、もっと下劣な言葉を使った可能性もあるという。
柔道なら抗議しない。伊調の「権威」を笠に着た奢り
7月21日に、協会の役員会で処分を決める。世界レスリング連合の規則ではレッドカードが出された場合は、約22万円の罰金、さらに最低3カ月、最長3年の出場停止とされ、ある協会幹部は「お咎めなしで処分がないことは考えられない」と話す。
火をつけたのはイエローカードを受けた、最初に審判が両者を立たせた時だ。しかしこれは「明らなポイントが認められなかった」ではなく、「審判に中断されなければ得点になった可能性が高い」の類いでしかない。柔道でも寝技に入った場合、動きが止まったと判断された時点で審判が両者を立たせ、立ち姿勢の攻防から再開させる。この判断は審判に任されるため、「足を抜いて押さえ込む直前だったのに」など有利な体勢だった選手や、寝技の得意な選手が不満を持つことも多々ある。だからといっていちいち抗議などしない。
前述の幹部は「プレーオフの審判は一流の人ばかり。審判が2人を立たせたのはおそらく、伊調選手が川井選手の足の甲と裏をつかむ反則になりかけていたかからではないか。伊調選手はああいう体勢からポイントを取ることが多く、田南部は怒ったのでしょう」と見る。田南部氏をよく知るこの幹部は「情熱的で悪い男ではないが、伊調選手にオリンピック4連覇させたことで、自分が誰よりも優れた指導者だという自負が強くなってしまったようだ」と吐露する。レッドカードは国内では過去にも2度ほどしかなく、ここ10年くらいなかったほどの重大な違反行為だ。
レスリングは格闘技らしく血気盛んなコーチたちも多い競技だが、みんな不満があっても我慢して審判団に敬意を払い、ルールを守ってきたのだ。審判団に対する敬意を失っているとしか思えない田南部氏の姿は、国民栄誉賞の伊調の「権威」を笠に着た「俺なら許される」に近い奢りでしかないだろう。
(文・写真=粟野仁雄/ジャーナリスト)