東京・世田谷区と杉並区、「住むまち」として人気衰退の理由…時代に取り残された中央線沿線
リクルート住まいカンパニーが毎年公表している「SUUMO住みたい街ランキング」。メディアを賑わすのは駅別のランキングだが、筆者の興味はデータとの比較検証ができる自治体ランキングのほうだ。このランキングが何を示しているのかについては諸説あるだろう。しかし、多くの人が「住んでみたい」と憧れるまちの実態を映し出していることは間違いない。
2019年の関東版自治体ランキングを見ると、1位は都心居住人気を象徴する港区。4年連続のトップだそうだ。2位は世田谷区で、これも4年連続。5年前までは世田谷区が1位だったから、継続してトップ2を保ち続けていることになる。3位は目黒区。18年には4位にランクダウンしたものの、ほぼ一貫して3位の地位を保持している。
世田谷区、目黒区と並び、西部山の手地区の一画を占める杉並区は10位(23区に限ると9位)。同区の23区でのポジションは、13~14年の4位から年々ランクを下げ、近年は9~10位に落ち込んでいる。それでも、23区の中で上位にあることに変わりはない。
実際、西部山の手は高級住宅地のイメージが強い。世田谷区の成城、上野毛、等々力。目黒区の八雲、柿の木坂、西郷山(住所は青葉台)。杉並区の久我山、永福、浜田山。山の手ブランドを象徴する、いずれ劣らぬハイソなまちだ。
ところが、本連載の『東京・下町、人口流入&地価上昇が鮮明…都心へのアクセスと生活のコスパに優れる“一挙両得”』の回で指摘した通り、西部山の手地区の住宅地地価上昇率は近年、23区の中で下位に甘んじている。人気が高いまちなら地価が上がるはずだから、この事実は西部山の手地区の人気に陰りが生じてきたことを示していることになる。憧れのまちで、いったい何が起きているのだろうか。
高級住宅地なんてもう古い?
今度は駅別のほうを見てみよう。住みたい自治体2位とはいっても、世田谷区内のトップ・二子玉川の順位は17位。以下、37位の三軒茶屋、43位の下北沢と続き、4番目の成城学園前は122位。目黒区のほうは、目黒(7位、ただし目黒駅の住所は品川区)、中目黒(12位)、自由が丘(19位)と、世田谷区と比べれば上位に入っているまちが多いものの、いわゆる高級住宅地となると、西郷山の最寄り駅である代官山の73位が最上位だ。
19年のランキングで公表されているのは161位まで。この中に、前述した由緒正しき高級住宅地の名前はほとんど出てこない。高級住宅地の代名詞である大田区の田園調布は137位。そもそも、高級住宅地の人気自体が低いのだ。
取り残される中央線沿線と杉並区の悲哀
山の手人気低迷の実態をもう少し詳しく知る手がかりとして、近年「住みたい自治体」のランクが低下している杉並区に焦点を当ててみよう。
杉並区だけがランクを落としているのではない。杉並区に隣接する東京都武蔵野市は、「住みたい街(駅)」の上位常連である吉祥寺があるところ。その武蔵野市の自治体別ランキングは13~15年には関東地区の5位だったが、19年には12位に落ち込んでいる。18年は18位、17年は14位。ランクダウンは構造的な流れと見受けられる。
本連載で指摘し続けてきたように、都心居住も下町居住も、その背景には通勤時間を短縮し、余った時間を有意義に使いたいという意識が強く作用している。この大きなトレンドニーズを前に、鉄道事業者も努力を重ねている。
図表1に、過去20年間に23区内で進んだ鉄道路線等の再編の動きを整理した。図表では、その結果として利便性向上の恩恵を受けた沿線の区を併記している。一目瞭然で、これらの動きから取り残された区が2つある。江戸川区と杉並区だ。ただし、江戸川区では、1980年代末~90年代はじめにかけて、都営新宿線の延伸(京王線との相互乗り入れ)とJR京葉線の開通という大きなエポックがあった。つまり、中央線の沿線だけが世の流れに乗り遅れてしまっていることになる。
杉並区の悲哀は中央線だけではない。山手線の駅につながる14の主要私鉄路線(90年代後半以降に整備された新設路線を除き、従来から相互乗り入れによって上野駅と直結していた東武伊勢崎線を含む)のうち、都心への相互乗り入れが行われていないのは、西武新宿線、東急池上線、京王井の頭線の3路線だけ。このうち、新宿線と井の頭線は中央線と並び杉並区民の足となっている路線だ。
こう考えると、都心への交通アクセスの不便さが杉並区の評価を下げている主要因として浮かび上がってくる。なるほど目黒区はともかくとして、世田谷区も都心に通うのに便利だとはいいがたい。
杉並区を悩ませる“区内格差”の深刻化
まちの人気を左右するのは、「住宅取得適齢期」に相当する若いファミリー層の動き。5歳未満の幼児人口の動向が、これを象徴的に示している。
一極集中が進む東京23区では、『国勢調査』による幼児人口数が2010~15年間の5年間で9.8%増加した。目黒区は、23区平均をさらに大きく上回る20.9%増。その一方で、世田谷区は1.2%の増加にとどまっている(杉並区は10年の調査で年齢不明が多発したため経年比較ができない)。
『住民基本台帳』による16~19年のデータを見ても、同じ傾向が続いている。23区平均の2.4%増に対し、目黒区はそのほぼ2倍の4.7%増。一方、世田谷区はわずかに0.2%増。『国勢調査』による10~15年の増加率が把握できなかった杉並区は、目黒区と同率の4.7%増を示している。
これだけでは3区揃って地価上昇率が低迷している説明がつかないが、下記の仮説を考えると、その実態が理解できてくる。
西部山の手の雄たる世田谷区では、高級住宅地離れと都心へのアクセスの悪さから、人気の低迷が否定できない。若いファミリー層の間には、もはや世田谷にこだわるのは古いという考えが広まり始めているようだ。その結果として、地価も上がらず、いわゆる「山の手地区の凋落」が象徴的に現われている。
都心への交通の便に優れる目黒区は、今や「都心的」な枠内に組み込まれつつある。ただし、目黒区の平均住宅地地価は23区中6位と、10位の世田谷区や13位の杉並区と比べ高い。このため、都心と同様の高止まり傾向が現れ、地価が伸び悩んでいる。
杉並区で人口が増えているエリアは、中央線沿線と最南部の京王線沿線に集中している。鉄道の便が相対的に悪い杉並区の中で、これらのまちは都心アクセスの利便性がまだ高い。同時にここは、若いひとり暮らしが多い副都心的な特徴を持ったまちでもあり、副都心の見直しが杉並区内の同じような特徴を待ったまちにも波及し出していることが想像できる。
その一方で、井の頭線沿線に代表される高級住宅地は世田谷型の低迷に見舞われている。杉並区では、区全体の地価の伸び悩み以上に、区内格差の発生のほうが深刻な課題だといえそうだ。
西部山の手の内部崩壊が始まった
この仮説が意味しているのは、高級住宅地という求心力でまとまっていた西部山の手地区が内部崩壊を始め出した姿だ。もはや、「山の手ライフ」という言葉だけで多くの人々を惹きつける時代ではなくなったのだろうか。
かつて西部山の手の求心力として機能し、今や時代遅れとなった存在の代表は「専業主婦文化」。以前、筆者は著書の中で、山の手地区で集積度が高い機能と照らし合わせながら、文化教室に通い、手づくりの嗜好品を重視し、家を花で飾り、ペットと暮らすことを楽しむ山の手ライフスタイルは専業主婦のまちだからこそ成立する、と指摘した。
図表2に示す通り、かつて東京は専業主婦が多いという特徴があり、なかでも西部山の手地区は全国平均を大きく上回る専業主婦のまちだった。しかし今日、西部山の手地区の専業主婦率は全国平均とほとんど差がなくなっている。女性の社会進出が進み、専業主婦が少なくなったことによって、「山の手モデル」とでも呼ぶべき同地区特有の生活スタイルも過去の遺物と化しつつある。
働くことを通じた社会とのかかわりに自己実現を求める女性が多くなってきたことに、西部山の手地区が直面する課題の根源があるのなら、病は重いといわざるを得ない。
(文=池田利道/東京23区研究所所長)
『なぜか惹かれる足立区~東京23区「最下位」からの下剋上~』 治安が悪い、学力が低い、ヤンキーが多い……など、何かとマイナスイメージを持たれやすい足立区。しかし近年は家賃のお手傾感や物価の安さが注目を浴び、「穴場」としてテレビ番組に取り上げられることが多く、再開発の進む北千住は「住みたい街ランキング」の上位に浮上。一体足立に何が起きているのか? 人々は足立のどこに惹かれているのか? 23区研究のパイオニアで、ベストセラーとなった『23区格差』の著者があらゆるデータを用いて徹底分析してみたら、足立に東京の未来を読み解くヒントが隠されていた!