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日本の命脈・シーレーンを護衛する海上自衛隊員の“身を守らない”日本の法律

文=深笛義也/ライター
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護衛艦「むらさめ」型(海上自衛隊のHPより)

 9月14日、サウジアラビアの石油施設が攻撃された。さる6月13日には、ホルムズ海峡付近を航行中の日本の国華産業所有のタンカー「コクカ・カレイジャス」とノルウェーのフロントライン社所有のタンカー「フロント・アルタイル」の2隻で爆発が起き炎上した。飛来物による攻撃、あるいは吸着型水雷の可能性が指摘されている。

 日本のホルムズ海峡依存度は原油で87%、天然ガスで20%。この地域の緊張の高まりは、日本の生活に直結している。日本政府は10月18日、情報収集目的でホルムズ海峡周辺のオマーン湾などへの自衛隊派遣の検討を決めた。

 日本は現在も、スエズ運河に通じるアデン湾で、海上自衛隊が船舶の護衛を行っている。アデン湾の南のアフリカの角と呼ばれる地域にソマリアがあるが、1991年の内戦勃発により、現在も国内にいくつかの疑似国家が並立するなど、国家機能は崩壊したままである。2007年頃から、ソマリアからの海賊によって、アデン湾やソマリア沖を航行する船舶が襲われることが起き始め、日本の船も標的となった。

 この護衛行動はどのようなものなのか。2009年3月からの第1次の派遣で、護衛艦「さざなみ」「さみだれ」を随え、指揮を執った五島浩司氏(当時・海上自衛隊1等海佐)から、前回に引き続き話を聞いた。

海外の船舶も守る

「襲撃という事態が起きないようにと心がけていたので、護衛実施中は指揮官である自分はほとんど寝ることはできませんでした。当然のことながら、さまざまなイレギュラーなことが起こるわけです。A点からB点の間を海上自衛隊が護衛していることがわかると、海賊はその外側のエリアで襲おうとする。護衛が終わって『それではお気を付けて』と別れた直後に『助けてくれ!』とSOSが来ることがあります。たまたま次の護衛のために待機していたので、すぐに駆け付けて海賊を追い払いました。

 シンガポールの船からSOSが来て、ヘリコプターを飛ばして、夜中だったのでサーチライトで照らしたら、海賊が逃げていったということもありました。これは当時、ある新聞で脱法行為と書かれました。第2次の派遣からは海賊対処新法(海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律)ができて他国の船も守れるようになりましたが、第1次隊は海上警備行動だったため、日本関係船舶しか護衛できなかったことで脱法行為と非難したのでしょう。

 しかし、これは船員法14条『船長は、他の船舶又は航空機の遭難を知つたときは、人命の救助に必要な手段を尽さなければならない』に則った行動であることを、新聞社が理解していなかったからでしょう。困った船を見捨てることは船員法違反になるんです。この時、我々が何もしなかったら、逆に『海上自衛隊が目前のシンガポール船を見殺しにした』と非難する新聞が出たのではないでしょうか。船員法に定められていなくても、船乗りなら何もしないという選択はありません。それが船乗り気質というものです。

 それ以降も、外国籍の船が我々にくっついてくる時がありました。そういう時は『護衛の仲間に入れることは日本の法律の関係でできません、だけどここは危ないから一緒に行きましょう。針路〇〇〇度、速力は〇〇ノットとして、この通信をモニターしてください』と言って、形の上では、たまたま同じスピードで同じところを走っただけということにしました。外から見れば、船団に入っているように見えるでしょうから、海賊から襲撃されにくくなります。そもそも我々が派遣されるまでは、日本船舶は他国の海軍に守ってもらっていました。だから『日本の船しか守らないから、あっちに行け』などとは口が裂けても言えません」

 実際の警備行動は、どのようなパターンで行われたのだろうか。

「12日間で3~4回の警備行動をやって、2~3日、ジブチで補給するという繰り返しです。隊員は3交替で8時間は眠れます。もちろん、海賊が現れたら総員配置に就きます。非番の時は娯楽するも休養するも自由だけど、ひたすら走ったり、スクワット、腕立て、腹筋とかトレーニングに励む隊員がほとんどですね。それはもちろん、任務を遂行するために体力を保持しようと考えるからですけど、ご飯が美味しくなるからということもあります。

 海上自衛隊の基地や艦艇には、給養員が配置されています。自衛隊としての基礎的な訓練を受けた後に、給養員課程の教育を受けて調理師免許を取った方たちです。和食、中華、洋食なんでもできる。パンを焼いたりケーキを焼いたりスイーツをつくったり、本格的なイタリアンをつくったり、なんでもできます。海外に行った時に艦艇に要人を迎えて夕食会を開いたりするから、海上自衛隊の給養員は、他の自衛隊と比べてもレベルが高いんじゃないでしょうか。給養員は隊員たちの士気を高めようとしてがんばって美味しい料理をつくるし、隊員のほうも食事を楽しみにしている。

 交替の仕方も、食事してから当直に入るとか、当直が終わって非番になる時に食事するというパターンで組んでいるわけです。食事はだいたい取り放題だから、やっぱり美味しくてたくさん食べがちになりますよね。メタボにならないために、走る必要も出てくるわけです。筋トレして摂ったカロリーを筋肉にしちゃえばいいわけですから」

ジブチでの生活

 任務の遂行を支えるために、艦艇にはさまざまな者が乗っている。医師の資格を有する幹部自衛官である医官もいる。給養員は幹部ではないが、きわめて重要な役割を担っていると言えるだろう。

「揺れる艦艇の厨房では、ガスは使われません。使うのは蒸気と電気。お米を炊き上げるのも蒸気だけど、とても上手にやってますよ。食材の調達も給養員の役割だけど、苦労したと思います。ジブチは農地に適した土地も少なくて、ほとんど作物はつくれない。ドバイからの空輸なので、値段が高い上に、特に野菜は3分の1ほどは腐っていて食べられない。

 我々1次隊は海賊対処法の成立の状況によって、行動期間が分からなかったため、食料は多めに搭載して出港しました。倉庫に入りきらなくて、米や乾麺なんかを通路にも置くくらい。最後のほうになって、うどんはあるけど唐辛子がなくなっちゃったことがありました。チリパウダーをかけて食べたけど、めちゃくちゃ不味かったですね」

 補給地のジブチでの生活は、どのようなものなのだろうか。ジブチは砂漠があり、マングローブ林があり、名うてのバックパッカーからさえ「秘境」と呼ばれている国だ。

「我々が埠頭に停泊して降りていくと、目の前がラクダ小屋なんです。輸出用のラクダがいるわけですけど、ハエがたくさんいて匂いもすごい。それに耐えて大統領府の周りに行くと、ホテル、レストランやバーもある町があります。唯一ドイツ系のホテルを除いて、一日何度も停電や断水があります。

 水は大腸菌がウヨウヨいて飲めたもんじゃない。だからジブチで積む水は甲板を掃除したりする時に使います。航行しながら海水を飲用水に変える装置をフルに稼働して、タンクを満タンにして港に入って、それを飲むのが基本。ボイラーを焚くために燃料を使うんで、その分お金がかかるし、美味しくない。ジブチでレストランに入っても、火の通ったものじゃないと食べません。水も氷もダメ。飲むのはビールやワイン。水割りやロックはアウトです。

 一度、40人くらいが下痢で寝込んだことがあって、まったく油断できません。19歳の隊員が、『日本はいい国なんですね。蛇口をひねると飲める水が出て、停電なんてめったにしないんですから』ってしみじみと言いましたよ。水道の水が飲めない国はいくらでもありますけど、高校を卒業して教育隊で訓練を受けて、初めて乗り込んだのがうちの船だった。1年前まで高校生だった青年が、暑い中でストレスと闘いながらがんばって、日本の素晴らしさに気づいたわけなんです」

 海上での緊張から解放されるジブチでの生活だが、ストレス解消はできるのだろうか。

「ボウリング場とカジノがあると聞きました。多くのエチオピア女性が働くバーもあります。日本料理屋も1軒ありましたが、料理人は東南アジア系の人です。メニューは寿司、天ぷら、そば、うどんなどですが、シャリの上の魚が何なのか、鮮やかな緑色の軍艦もあり、天ぷらというよりフリッターでした。

 もともとフランスの植民地で、今もフランス軍が駐留しています。フランス系の食品センターやデパート、フランス軍のPXでは、けっこういい品が手に入ります。だけど街では、ひったくりにも遭うので、完全にリラックスはできませんね。観光地としては、地球上で最も塩濃度が高い塩湖、アッサル湖があるけど、クーラーも効かずしょっちゅうエンストするバスに何時間も揺られていかなきゃならない。湖面に塩が浮き出ているだけで、お土産としては、塩の結晶が付いている動物の頭蓋骨を売っていて、よけいに寂しくなります。

 結局は艦でのんびり過ごすほうがよいと気づきます。勿論、航海中は禁酒ですが、停泊中は場所と時間と量を管理した上で、飲酒させることを申請して許可をもらいました。場所は食堂、時間は約2時間、量は一人ビール2本程度ですが、ゆっくりシャワーを浴びてほろ酔いで仲間と語り合うのが一番寛げます。外出は許可しましたが宿泊は禁止しました。船乗りにとって、艦は狭いスペースでも快適に寝泊りできる『家』のようなものですから」

シーレーンとは何か

 長期間、日本を離れることの苦労は、どのようなものだったのだろうか。

「2009年3月14日に日本を出て、海賊対処法が6月19日に成立して、第2次隊が来ることになりました。交代して、我々が帰国したのは8月16日。5カ月ほど日本を離れていました。その間に隊員に、親や祖父母の訃報が届くことはありましたが、帰国を希望する者はいませんでした。高齢だったり病を抱えている親族がいる隊員には、出航前に里帰りさせていたので、覚悟はできていたでしょう。事故でお父さんが突然亡くなったという隊員もいましたけど、彼も帰りたいとは言いませんでした。一方で出産の知らせもありました。母子ともに健康という、嬉しい知らせでした」

 現在、海賊から船舶を護衛するために派遣されている海上自衛隊は、第34次に及んでいる。2009年の海賊の発生件数は218件だったが、昨年は3件まで減り、今年は0件である。

 海賊から船を守るということは、シーレーンを守るということだ。シーレーンと聞くと「航路」のことだろうと思うが、それは正確ではないようだ。以下の数値は、2015年にキッセイ文化ホール(長野県松本)で行われた、日本大学総合科学研究所・勝股秀通教授の講演で語られたものだ。

 地球上の約75億の人間が1年で使う貿易による物量は、約95億トン。その99.7%は船で運ばれている。そのうち日本が使っている量は、約9.5億トンで、全体のほぼ10分の1。そのうち日本からの輸出は約1.5億トン、輸入が約8億トンだ。おおよそ1日で、220万トンが入ってくることになる。20万トンの船で考えると、11隻となるから、約2時間に1隻が日本のどこかの港に入っているわけだ。

「外国から日本に荷物を運ぶ船、日本から外国に荷物を運ぶ船の位置を、地球儀にプロットすると、多くの点が連なって線になるでしょう。これをシーレーンだと思ってください。これが絶たれたら、日本は立ちゆかなくなるでしょう。石油の国家備蓄があると言っても、半年持つかどうかの量しかありません。ガソリンスタンドに行けばガソリンを注いでくれるという当たり前の生活がなくなってしまう。電気もなくなれば、水も来なくなるということが起こりうるわけです」                         

遅れる法整備

 今、ホルムズ海峡のシーレーンが脅かされている。これに日本は、どう対処すべきか。

「ソマリアの海賊は身代金を取るということで、目的がはっきりしています。でも今のホルムズ海峡で起きていることは、それとは明らかに違います。海賊なら携帯型ロケットランチャーくらいですけど、機雷とかミサイルを使える相手なのかもしれません。脅威は非常に高い。それでも、日本の船をいったい誰が守るのかといったら、日本が守るしかない。

 トランプ大統領が6月に『なぜ、われわれがほかの国々のために報酬も得られないのにこの輸送路を守るのか。すべての国々は自国の船を自分で守るべきだ』とツイッターに投稿しました。これはもう、日本に対して言っているわけですよ。ホルムズ海峡の船舶の通航量は、1位が中国、2位がインド、3位が日本。インドは既に海軍を派遣しています。

 自衛隊にどのような活動をさせるのか。現状ではホルムズ海峡の中に入る行動のハードルは高いでしょう。インド洋の派遣の時と同様に補給部隊を派遣することも考えられますが、日本の掃海能力は非常に高いので、もし機雷が撒かれた時に機雷掃海という面で貢献するというのは選択肢の一つではないでしょうか。機雷が撒かれてから日本を出ると1か月程度かかるので、あらかじめジブチやオマーンに展開させておく必要があるでしょう。また、現在でもアデン湾で海賊対処部隊が活動しているので、これを増勢してスエズ~アデン湾~アラビア海のシーレーンの防衛を担当するということも考えられます。

 確かに何をするかも重要でしょうが、その背景にある大きな問題に目を向ける必要があります。海賊が相手でも日本の法は自衛隊員を守れるとは言えませんでした。指揮官として自分が命令して部下が撃った結果、海賊ではなく漁民が死亡してしまった時、誰の責任で誰が逮捕されるのか。海賊対処の派遣前、家族説明会で外国で怪我をした時のための保険の加入に関する説明で、『国の命令で行くのに、なぜ自腹で保険に入るんだ?』という不満の声が上がりました。隊員もその家族も不安であることは間違いない。任務に就いてみれば、当たり前の行動が新聞で脱法行為と叩かれる。ほとんどの憲法学者が自衛隊は違憲だと言う。自衛隊明記だけでも憲法改正は遅々として進まないのに、災害派遣や鳥インフルエンザ、豚コレラで、隊員はストレスで疲労困憊しているというのが現状です。そういった家族の不安の声は当然だと思います。そのレベルの法整備ができていないのに、相手が海賊でなく国家であったらどうなるのか。イラクでも南スーダンでも苦しい中、現場は必死にやってきた。日本はいつまでこんなことを繰り返すのだろう。このままでは自衛隊を志願する若者がいなくなる日は近いのではないでしょうか」

 日本での当たり前の生活が脅かされている現状。これがまったく議論されていないのは、異常ではないだろうか。

(文=深笛義也/ライター)

深笛義也/ライター

深笛義也/ライター

1959年東京生まれ。横浜市内で育つ。10代後半から20代後半まで、現地に居住するなどして、成田空港反対闘争を支援。30代からライターになる。ノンフィクションも多数執筆している。

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