STAP細胞をめぐる問題で、理化学研究所の研究室から何者かがES細胞を盗んだ疑いがあるとして2015年5月14日、元理研研究者である石川智久氏が刑事告発していた。しかし、1年あまりの捜査の結果、今月18日、神戸地方検察庁は「窃盗事件の発生自体が疑わしく、犯罪の嫌疑が不十分だ」として不起訴にした。
地方検察庁が「窃盗事件の発生自体が疑わしい」という声明を出すのは異例だが、この騒動は一体なんだったのだろうか。
告発者の石川氏は、当時メディアに対して次のように発言していた。
「私の調査から、小保方晴子氏が若山照彦教授の研究室(以下、若山研)からES細胞を盗み出したと確信した。(告発しなければ)さもないと日本の科学の信頼は地に落ちたままである」
さらに石川氏は、独自に入手したという小保方氏の研究室(以下、小保方研)のフリーザーに残されていたサンプルボックス(細胞サンプルが入った容器)の写真をマスコミに提供し、そこにあるES細胞が動かぬ証拠だと主張していた。しかし、その後ジャーナリスト上田眞実氏の調査により、このサンプルボックスは若山研が理研から引っ越す際にそのまま残していった、いわゆるジャンク細胞(使い道のない細胞)であったことがわかった。
理研では細胞などの試料を外部へ移動させる際には、MTA(試料提供契約)を必ず提出しなければならないことになっている。だが、上田氏の取材で、証拠として示したサンプルボックスに関しては、若山研からMTAが出されていなかったことが明らかになった。さらに、理研に対し若山研から盗難届も出されていなかったことも判明した。
理研関係者に取材したところ、若山研に限らず、研究室が引っ越しする際に使わない試料をそのまま置いていくことが多かったという。残されたジャンク細胞の処分問題に理研も苦慮していた。小保方研にあったサンプルボックスも、そのひとつだったのだ。
このサンプルボックスは若山研が13年に理研から山梨大学へ引っ越す際に残したものだが、その時点ではSTAP細胞の主要な実験は終わっており、英科学誌「ネイチャー」向けの論文作成が佳境に入っている時期だった。
石川氏の主張が正しいなら、小保方氏は実験終了後にES細胞を盗み、過去にタイムトラベルをしてES細胞を混入させたSTAP細胞を若山氏に渡したことになる。このような非現実的な主張を、当時のマスコミは裏も取らずに大々的に取り上げ、小保方氏をES細胞窃盗犯のように報道していた。