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スパイ天国・日本、一般人でも諜報活動が容易…スパイ防止法策定→ファイブアイズ参加が急務

文=白川司/ジャーナリスト、翻訳家
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「Getty Images」より

 今年は年初から“スパイ”に関するニュースが続いた。1月には、三菱電機へのサイバー攻撃によって新型ミサイルや防衛装備品などの機密情報が流出、ソフトバンク社員が企業情報を持ち出して在日ロシア通商代表部職員に流していたことが発覚した。2月には、神戸製鋼所が潜水艦や魚雷の製造技術の一部が漏洩した可能性があると、防衛省が発表している。

 日本の安全保障にかかわる情報漏洩が次々と発覚するなかアメリカ政府は7月、在ヒューストン中国領事館の閉鎖を命じると発表した。その直後、中国政府が四川省の大都市・成都にあるアメリカ領事館の閉鎖を命じて、米中の報復合戦となった。

 ところで、なぜ領事館なのか。オーストラリアにおける中国共産党の浸透を描いてセンセーションを巻き起こした『サイレント・インベージョン(目に見えぬ侵略)』(クライブ・ハミルトン/飛鳥新社)で指摘されたように、領事館は中国共産党のスパイ活動の拠点になっているからだ。

 中国が特異なのは、スパイ活動を行う人物がプロのスパイであるとは限らず、一般国民に活動を命じることが少なくない点だ。中国人にとって、故郷は何よりも大切な心の拠り所であり、故郷に帰れないことは大きなダメージになる。スパイ活動を命じられた者がそれを果たす背景には、下手に逆らってビザが取り上げられて故郷に帰れなくなることへの恐怖心がある。

 在外中国人は5000万人程度いると推計されている。仮にその2割がスパイ活動を行えば、1000万人のスパイがいることになる。日本好きでまじめな中国人大学院生であろうと、親日的で人格円満なビジネスパーソンであろうと、その中国人が領事館に紐づけされているのであれば、スパイ活動を(心ならずも)行う可能性が常にある。

 ヒューストン領事館があるテキサス州は、「南部のシリコンバレー」と言われることもあるシリコンヒルズを有する州都オースチンと、アメリカ航空宇宙局(NASA)があり宇宙産業で最先端を行くヒューストンがある。在ヒューストン中国領事館は、先端技術的の面で重要な場所にあり、中国が活発にスパイ活動を行っていたことは容易に想像できる。

 ヒューストン領事館では閉鎖命令後、敷地内で火事騒ぎがあったが、閉鎖前に大量の機密文書を燃やして証拠の隠滅を図ったためだと推測されている。

 トランプ政権がヒューストン領事館に閉鎖を命じたのは、単にスパイ活動を抑制するための見せしめだけではなく、実際に先端技術に関する企業情報や機密情報が盗まれている証拠をつかんだからだと考えられる。また、テキサス州は共和党の牙城であり、トランプ政権としても監視の目が届きやすいという要素もあるだろう。

イギリスが日本にファイブアイズへの参加を誘った理由

 中国共産党によるスパイ活動への監視を強めているアメリカと比べると、日本の監視はあまりにも心もとない。それでも安倍政権は、特定秘密保護法や安全保障関連法を策定、安全保障会議を設置して、“スパイ天国”と揶揄されてきた日本におけるスパイ監視の状況を大きく改善させた。それでも、スパイ天国という冠を完全に払拭するには至っていない。

 そんな折、スパイ天国に似つかわしくないニュースが飛び込んできた。日本との自由貿易協定を交渉中のボリス・ジョンソン英首相が9月に、「日本のファイブアイズへの参加を歓迎する」と発言したのである。

 ファイブアイズはアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国の国家情報局による機密情報共有のための協定である(CIAやMI6などの秘密情報部の連携ではない)。言うまでもないが、すべてが英語圏であり、「アングロサクソン連合」と呼ぶべき協定だ。国境はまたいでも、元をただせばアメリカ以外は旧英連邦であり、気心の知れた国どうしの集まりだといっていいだろう。

 イギリスは2月にブレグジット(EU離脱)を果たしたが、EUとの貿易交渉の行方はまだ不透明である。イギリスは「EUの金融センター」から「世界への金融センター」への脱皮を企んでおり、アジア市場への進出のためにも中国が併合化を進める香港の権益を守るためにも、日本との安全保障面での連携が必要になっている。

 日英間では、9月に包括的貿易協定(EPA)が締結されたほか、ミサイルやレーザーの共同開発など防衛における協力も進んでおり、アメリカに続く「準同盟国」として、貿易だけでなく安全保障にまで連携が及んでいる。

 また、イギリスはインド洋や太平洋にも領土があるだけでなく、香港やオーストラリアやニュージーランドのほかインドやスリランカやドバイなど、アジアにおいてもいまだにつながりの深い国がいくつもあり、中国とは敵対関係になりつつある。アメリカと対中包囲網をつくるだけでなく、イギリス独自で中国に対する安全保障体制を打ち立てたいという野望も透けて見える。イギリスが日本にファイブアイズへの参加を持ちかけたのは、対中のみならず、ファイブアイズでアメリカが圧倒的に優位ななか、その力関係をイギリス寄りに変えていきたいという思惑もあるだろう。

ファイブアイズ参加にはスパイ防止法が必要

 だが、日本の対スパイ活動対策は、残念ながらファイブアイズに参加できるレベルには、はるかに及んでいない。ITビジネスアナリストの深田萌絵氏によれば、日本には「スパイ防止法」「セキュリティ・クリアランス」「エージェント登録」という、3つの制度が欠けており、ファイブアイズに参加するなど不可能だと断じている。なお、セキュリティ・クリアランスは機密情報に関わる者の身元調査、エージェント登録は日本で調査活動をする者の事前登録のことである。

 これら3つのうちでも特に重要なのが、スパイ防止法だろう。最近、「特定秘密保護法があるから、スパイ防止法は要らなくなった」と主張する専門家が散見されるが、さすがに無理がある。中国共産党のスパイ活動が「情報をとる」から「内政に影響を及ぼす」という段階に入っている現在、「特定の秘密」へのスパイ活動だけを取り締まる特定秘密保護法だけでは不十分である。

 スパイ活動全般を取り締まるためのスパイ防止法が絶対的に必要だ。さらにファイブアイズが共有している情報が得られるのであれば、日本をスパイ活動から守るのに限りない恩恵になる。なにしろ、日本にはスパイ活動を防ぐノウハウがない。イギリスに協力してもらえるなら、日本の監視体制のレベルを一気に引き上げることも可能になる。

 今回のイギリスからのファイブアイズ参加の呼びかけは好機だ。日本政府はむしろファイブアイズに参加するという前提で事を進め、その水準に合わせた法律を策定してくべきだろう。

 スパイ防止法に熱心に取り組んできた杉田水脈議員に最近、「舌禍問題」が起きた。その内容を精査すると、切り取り報道による情報誘導に近いものである。政治家がスパイ防止法に関わると、なぜおかしなことが起こりやすいのか。こちらからは見えない闇があると感じざるを得ない。

 ただ、「外圧を利用した内政の改革」は日本が得意とするところだ。また、ファイブアイズ参加が目標であれば、国民の同意も得やすいはずだ。タブーに切り込むことをいとわず実行力に富んだ菅首相には、日本の安全保障を国際水準に引き上げるべく事を進めることを期待したい。
(文=白川司/ジャーナリスト、翻訳家)

白川司/評論家、翻訳家

白川司/評論家、翻訳家

世界情勢からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。著書に『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック刊)、翻訳書に『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)、近著に『そもそもアイドルって何だろう?』(現代書館)。「月刊WiLL」(ワック)で「Non Fake News」を連載中。

Twitter:@lingualandjp

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