蒲焼きや鰻重をはじめとする料理で、日本人の食文化に根付いている鰻。以前からお高いイメージはあったものの、近年はシラスウナギ不漁が続き、流通量が激減し、ここ10年ほどで価格が高騰していった結果、今や高級食材となってしまっている。
そんなウナギだが、実はその生態は知っているようで知らないことが多い、もしくはいまだに解明できていないことが多い生き物でもあるのだ。
そこで今回は、ウナギに関するトピックをメインに扱っている業界専門紙「日本養殖新聞」の取締役である高【編注:正式表記は「はしごだか」】嶋茂男氏に、ウナギにまつわる疑問について質問をぶつけてみた。
絶滅危惧種指定ながら鰻が消えない理由
まず、絶滅危機にあるというウナギの現状はどのようになっているのだろうか。
「日本人に親しまれているウナギは『ニホンウナギ』という種で、2014年にIUCN(国際自然保護連合)がレッドリスト、いわゆる絶滅危惧種に指定しました。絶滅危惧種と聞くと、もう食べられなくなるのかと思われがちですが、法的拘束力は何もないので、そのようなことはありません。
ウナギは亜種を含めて19種おり、そのなかで食用とされているのはニホンウナギのほかに、ヨーロッパウナギ、アメリカウナギ、オーストラリアウナギなどがあります。レッドリストに指定されたのはヨーロッパウナギ、アメリカウナギ、ニホンウナギの3種なのですが、ヨーロッパウナギは『絶滅危惧IA類』で、アメリカウナギとニホンウナギは危機的ランクとしてはその下にあたる『絶滅危惧IB類』となっています。
また、ヨーロッパウナギはワシントン条約の附属書2【編注:正式表記はローマ数字】に掲載されており、国際間の貿易規制がかかっていますが、ニホンウナギは16年の同会議でもなんとか規制を免れています。ですから、日本の水産庁や全日本持続的養鰻機構は今後もワシントン条約により規制されないよう、資源保護・管理ができるよう働きかけている状態ですね。
もちろん、文字通り絶滅が危惧されている生物ということには変わりありませんが、明日から急に飲食店やスーパーからウナギが消えてなくなるといったことではありません」(高嶋氏)
「日本人が世界のウナギの7割を食べている」は間違い
「日本人が世界のウナギの7割を食している」とよくいわれるが、それはつまり日本人がウナギを食べることをやめれば、絶滅危機を回避できるということなのだろうか。
「いえ、確かにかつて、『日本人が世界のウナギの7割を食している』といえる時期はあったのですが、それは2000年当時のかなり古いデータによるものです。野生生物の取引を監視・調査するNGOであるTRAFFICの当時の資料に、『世界の生産量に対する日本の消費率』というデータがありました。これには世界のウナギ生産量約20万tのうち、日本での消費量が約15万tと記載されており、この数字をもとに日本が約7割を消費しているといわれるようになったのでしょう。
ただし12年のデータで同様の算出をすると、世界のウナギ生産量が約23万6000tで日本の消費量は3万7000tでしたから、この年で日本の消費量は世界全体の15%少々にまで減っています」(同)
確かにウナギの価格はここ10年ほど急騰し、口にする機会が減ったという方も多いことと思うが、近年は日本人が食していることが絶滅に直結しているということではなさそうだ。
中国産はニホンウナギ以外にアメリカウナギも
ところで、そもそもスーパーなどでよく売られている中国産のウナギは、なんという種類のウナギなのだろうか?
「日本人が以前から食しているニホンウナギもありますが、一時期一世風靡したのが値頃感もあったヨーロッパウナギです。ただ、ワシントン条約の附属書2に掲載され、貿易に規制がかかり、今ではそれに代わるアメリカウナギが浸透し始めています。ちなみにニホンウナギは黒潮に乗って中国、韓国、台湾、日本に泳いでくる種ですので、中国で漁獲されたものも日本人が以前から食しているニホンウナギなんです。
また、15年のデータで日本での年間流通量の約5万1000tのうち約2万7000tが中国産ウナギなので、このデータから見ると、国内で食べられるウナギの半数以上が中国産ということになります。ですが、だからといってここ数年で中国産の輸入量が急増したというわけではありません」(同)
「実情はむしろ逆」だと高嶋氏は続ける。
「中国産のウナギは以前からずっと輸入されていましたし、よく日本で食されていたもの。ですが、たとえば一昔前に残留薬物問題や産地偽装問題が大きな話題となったことで、中国産の食品にネガティブなイメージが付いてしまっていますよね。その影響で中国産ウナギの輸入が激減し、それが結果的に日本国内のウナギマーケットの減少にもつながったというのが本当のところ。
日本国内のウナギの流通量は、2000年は約15万tあったにもかかわらず15年には約5万tと、3分の1にまでマーケットが縮小してしまっているわけですが、これはつまり中国産ウナギの輸入が激減したことも要因となっているわけです」(同)
中国産ウナギと聞いて食べるのを敬遠している方も少なくないだろうが、実は我々が以前から食していたウナギの多くは中国産だったのもかもしれない。
完全養殖成功でウナギ問題解決とならないワケ
ところでニホンウナギといえば、日本の研究機関によって、10年に10ℓの小型水槽で世界初の完全養殖に成功し、その後、13年には1000ℓの大型水槽による完全養殖にも成功したとニュースになっていたが、それでもなぜ絶滅危惧種指定を受けてしまったのだろうか。
「まず、完全養殖と養殖は違うのですが、ウナギにおいての養殖として一般的にいわれているのは、天然で棲息している稚魚を獲り、養殖池で成魚へと育てていくというもの。そして、完全養殖はその名の通り稚魚から成魚になるまで育てるものなのです。
1000ℓの大型水槽でニホンウナギの完全養殖に成功と聞くと、もう絶滅の心配もなければ、現在のような価格高騰もなくなると期待してしまうかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。
まず、完全養殖に成功といっても、まだ年間で最高でも約1500匹の養殖が実現したという程度で、稚魚に与えるエサに特殊なものが必要となるなどの問題点が解消されておらず、まだまだ商業化に向けての問題が多い。今は年間1万匹の完全養殖に成功させるといったプロジェクト目標があり、20年には商業化までこぎつけるというプランがありますが、それでも当然、日本全体の流通量が劇的に増えるような見込みはまだまだ立っていません」(同)
ちなみに、国内で養殖されたウナギは国産ウナギとなるわけだが、国産と外国産の違いがいまいち不明瞭という方も多いだろう。
「国産、外国産というのはJAS法によって定義されており、簡単にいえば、養殖された期間がどの国が一番長いかが基準となります。例えば、海外で100日間育てられたウナギでも、その後日本で101日育ててから出荷すれば『国産ウナギ』となります」(同)
ウナギそのものの生態やウナギを取り巻く事情を知らない、もしくは勘違いしていたこともあったのではないだろうか。
しかし、いずれにしてもニホンウナギがIUCNの「絶滅危惧IB類」としてレッドリストとなっていることは事実。ウナギの食文化を守るためには一般消費者である我々一人ひとりも、ウナギが想像以上に危機的状況であることなどをきちんと把握する必要があるのかもしれない。
(文=昌谷大介、森井隆二郎/A4studio)