逮捕に至らなくても、捜索差し押えによってパソコンやスマートフォンなどを抑えられれば、交友関係などのプライバシーは丸裸にされる。
冤罪がわかっても、捜査機関や裁判所は、まず非を認めない。冤罪被害者が国家賠償訴訟を起こしても、訴えが認められるのは非常に限定的だ。しかも、裁判のために時間も費用も手間もかかる。失われたプライバシーは戻ってこない。
(3)離脱はメンバーの承諾をとってから!?
さらに驚かされたのは、犯行計画に加わったとされる者が、そこから離脱したと認められるための条件だ。
法務省は「少なくとも、みずから実行準備行為を行うことを中止するだけではなくて、計画をしたほかの者に離脱の意思を伝えて了承を得て、計画に係る合意を解消することが必要」としている。さらにこの日の答弁では、林眞琴刑事局長は「個別の事案にもよるが、(メンバー)全員に伝えなければ離脱として認められないことが多いだろう」と述べた。
「組織的犯罪集団」、とりわけテロを起こすような団体で、「全員に離脱の意思を伝え」たら、殺されてしまうではないか。
オウム真理教の場合、過去の事件を知っている信者が教団を離れようとして殺された例がある。逃げた後に、居所を突き止められて連れ戻された例もある。
生物兵器によるテロを計画・準備していた信者の中には、教団から離脱した人が複数いるが、彼らは他のメンバーには言わず、こっそりと施設を抜け出した。しかも、「見つかったら殺されるか、連れ戻される」と恐れ、地下鉄サリン事件以降に警察が本格的な捜査に入るまでの間、教団に居所を見つけられないよう、人目を忍んで生活していた。
「他のメンバー全員に」「離脱の意思を伝え」「了承を得て」など、まったく非現実的で、こんな条件を課したら、むしろメンバーは離脱に消極的になるだけではないか。
「丁寧な説明」から逃げた金田法相
金田法相は、「国民のご支持を得ていくことは極めて重要なので、引き続き丁寧に説明していく」と述べていたが、現実から乖離した主張に固執し、しかも同じペーパーを何度も読んでいるだけでは、とても「丁寧に説明」したとはいえない。
そもそも共謀罪は、国際犯罪防止条約(TOC条約)締結のために必要だという理由で過去3回にわたって提出され、廃案となった。TOC条約は、マフィアなど「金銭的利益その他の物質的利益」を得るために行う国際的な組織犯罪に対抗するためにできたものだ。
それにもかかわらず政府は今回、かつて提案した「共謀罪」に若干の要件を加え、「テロ等準備罪」という名称にして、テロ対策を前面に打ち出した。私は、それは世論の賛同を得るための欺瞞だと思うが、もし政府が本当にこれがテロ対策に有効だと考えるのであれば、法務大臣は以下のことをなすべきだった。
まず、いまだ犯罪が実行に移されていない段階で、捜査機関が捜査を開始するため、通常の事件に比べて捜査対象が広範にならざるを得ず、「組織的犯罪集団」のメンバーであるかどうかを確かめる段階では、一般人に捜査が及ぶこともありうると率直に認める。
その上で、それでもこの法律が必要であること、この法律によってどのようにしてテロ等が未然に防げるのかを誠実に説明して、国民の理解を得る。
それと共に、テロ組織や暴力団、詐欺集団とは関わりのない市民運動や労働組合活動などに適用されず、冤罪ないための対策について、議論を呼びかける。
そうすれば、本当に277もの罪名に、「共謀罪」を設定する必要があるのかを含め、もっと現実的な議論ができたろう。