川添輝子さん(74)は震災2年後に抽選に応募、キャナルタウンウェスト4号棟に入居した。だが10年の初夏、市職員に「20年の契約期限までに出てください」と説明され仰天する。「入居契約書(入居許可書)にも書いていないけど出なくてはいけないと思いました。でも同じアパートの人に『出なくていいはず。一緒にがんばろう』と言われて踏みとどまりました」。昨年10月31日で借り上げ期間が終了、川添さんは翌日に神戸市に提訴された。
同じキャナルタウン4号棟の中村輝子さん(80)は震災で夫を失った。借地は返還を求められて家を再建できず、2年後に当選し入居した。
「失った家とも近く馴染も多い。狭窄症を患いましたが医者も馴染で助かる。終の棲家と信じていました」(中村さん)
だが中村さんも川添さん同様に提訴された。神戸市ではこれより、キャナルタウンで16年1月に借り上げ期限が切れた3人を提訴している。
左団扇の天下り役人
震災後、行政は「被災の象徴として報じられる仮設住宅を一刻も早くなくす」ことを掲げ、震災5年目で実現した。仮設から次々と建設期間も不要な借り上げ住宅に入居させて「見せかけの復興」を繕った。入居者に20年期限を通知していなかったことについて神戸市は「震災のどさくさだったので」と弁明する。そうだろうか。
そもそも20年期限は市と借り上げ先の都市再生機構(UR)との契約だ。この契約なら国交省などからの天下り官僚が居座るURは20年間、募集のための営業努力を一切せずに左団扇だ。だが入居者に早くから退去のことを意識させると、人生設計して出られてしまう。入居者に退去のことを曖昧にしたのは、URのためだとみられてもおかしくない。
さらに驚くのは西宮市のケースだ。部屋別に貸すのではなく「一棟貸し」のかたちで、退去した空部屋にも市税が払われ続けた。天下りにとってこんなおいしい話はない。
川添さんは「被告なんて呼ばれたらそれだけで恐ろしくて寝られません」と語る。兵庫県震災復興研究センターの出口俊一事務局長は「訴えられた人は精神的苦痛などからも神戸市長や西宮市長を被告にして反訴すべきだ」と強調する。
東北では自治体が民間から借り上げる「みなし仮設住宅」に多くの被災者が入居する。阪神の悪しき先例から学ぶべきことは多い。
(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)