「中国に対して融和的な政策をとるのではないか」と懸念されていた米国のバイデン新政権だったが、中国を「安定した開放的な既存の国際秩序に絶えず挑戦する唯一の競争相手」と名指しで批判し、「対中包囲網」を形成しつつあるかにみえる。
その成果としてまず挙げられるのは、新疆ウイグル自治区での人権侵害について、英国、カナダ、EUとともに中国への制裁措置を課したことである。中国側は人権侵害の事実を全否定しているが、トランプ前政権時代に評価を落としていた大国としての地位を回復させることに成功したといえよう。
長年「非同盟外交」を標榜してきたインドを「日米豪印首脳協議(クアッド)」のメンバーにして対中抑止の陣営に参加させたことも意義がある。インド太平洋地域に影響力を広げようとする中国の「一帯一路」の動きに対する有効な牽制力となるからである。
しかし米国の同盟外交が成功しつつあるにもかかわらず、東アジアにおける中国の海洋進出が収まる気配は見えない。中国が海警局を準軍事組織に位置づける海警法が今年2月に施行されて2カ月が過ぎたが、沖縄県の尖閣諸島周辺の領海に海警局の船が侵入した回数は、今年1月から3月にかけて11回となり、前年に比べてほぼ倍増した。政府は「国際法違反である」として国際社会にアピールしているが、中国側の行動に変化の兆しはない。中国による尖閣諸島侵入についての日本の対策は手詰まりの感がある。
中国軍機が台湾の防空識別圏(ADIZ)に立ち入る事例も急増している。中国による台湾侵攻について、「今後2年以内に大規模な予行演習が行われ、3年以内に侵攻が起きる可能性がある」と警告する米国の軍事専門家がいる。日本でも「近い将来、米国と中国が台湾が支配する南シナ海の2つの島(東沙島と太平島)を巡り、軍事衝突が起きるのではないか」との指摘が出ているが、そうなれば「尖閣有事」にもつながりかねず、日本も対岸の火事ではない。物流の大動脈である南シナ海が「火薬庫」になれば、日本経済が大混乱する可能性が高い。
カギ握るロシアの動き
最悪の手段を防ぐための有効な手段はないのだろうか。
「(対中包囲網が有効に機能するためには)、ロシアがそこに参加してくれるかどうかという点が極めて重要であり、むしろそれが決定的なものになる可能性がある」
このように指摘するのは、米戦略国際問題研究所の上級顧問を務めるエドワード・ルトワック氏である。戦略家であるルトワック氏は10年前から「対中包囲網」の形成を提唱しているが、膨張する中国に対してもっとも有効なカードは「中国が必要とする資源・エネルギーに関する貿易制裁」であると主張する。
中国は国内経済の発展のために不可欠な資源・エネルギーの対外依存度が年々上昇している。なかでもロシアからの供給の割合が増えているが、資源・エネルギーがロシアから供給されている限り、海上貿易が中断されても中国はそれほど大きな影響を受けない。その反対にロシアがクアッド諸国と共に制裁の輪に加わる可能性が出てくれば、中国は「対抗するのが極めて困難な反中同盟に包囲される」と恐れることになるだろう。
冷戦崩壊後30年以上が経過したが、欧米諸国とロシアの間の溝はいまだに深い。このところウクライナをめぐる緊張関係が再び高まっている。米国のサキ大統領報道官は8日の会見で「ロシアが2014年のクリミア半島併合以降でもっとも多くの兵をウクライナ東部の国境付近に配備している」とした上で「米国はロシアによる侵略行為への警戒を強めている」と述べた。これに対しロシア政府高官は8日「ウクライナが分離独立派への全面的な攻撃を開始した場合はロシアが介入する」と応じた。
14年のウクライナのマイダン革命を強力に支援したとされるビクトリア・ヌーランド国務次官補(当時)がバイデン政権の国務次官に任命されたことにロシア側は「米ロ関係が悪化するのではないか」と警戒していたが、それが早くも現実になってきたようだ。
冷え込む米ロ関係
冷戦崩壊後の経緯を振り返れば、米国で民主党政権が誕生するとロシアとの関係が冷え込む傾向が強い。現在の米ロ対立の大本の火種は、民主党のクリントン政権が1996年に北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を決定したことにある。専門家の慎重論を無視してクリントン氏が強引に決定したのは、自らの再選のために米国内の東欧移民票を獲得することが必要だったからである。バイデン大統領は米ABCニュースのインタビューで「プーチン大統領は『人殺し』か」という質問に「そう思う」と答えたように、バイデン政権のもとでも米ロ関係が改善されることを期待することは難しい。
中国と同様に国内の人権問題で欧米からの制裁圧力にさらされているロシアも、クアッドの拡大を警戒し、伝統的な武器輸出相手国であるインドの引き離しに動いている(4月9日付産経新聞)が、日本にとってはゆゆしき事態である。
ルトワック氏は米ロの仲裁役としての日本の役割に期待しているが、インドについても「米国とロシアの同盟関係の代替的な機能を果たしている国である」と評価している。昨年8月、インドは中国に対抗する観点からロシアに対して「自由で開かれたインド太平洋構想」への参加を打診したという経緯があるが、日本もロシアに対して同様のアプローチをすべきであると筆者は考えている。
日本とインドの両政府は4月下旬にも外務・防衛担当閣僚会議(2プラス2)を都内で開く方向で準備が進んでいる(4月10日付日本経済新聞)が、「自由で開かれたインド太平洋構想」へのロシア参加がもっとも重要な議題のひとつになるべきではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)
(参考文献)
自滅する中国 なぜ世界帝国になれないのか(エドワード・ルトワック著)