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池内ひろ美「男と女の問題を斬る」

私が北朝鮮旅行で目撃した、10万人のマスゲームと「少年宮殿」の実態

文=池内ひろ美/家族問題評論家、八洲学園大学教授
私が北朝鮮旅行で目撃した、10万人のマスゲームと「少年宮殿」の実態の画像1平昌冬季五輪・北朝鮮の「美女応援団」(ロイター/アフロ)

 平昌冬季五輪も終盤を迎えているが、日本選手の目覚ましい活躍を見ることができたのはありがたく、素晴らしい五輪であったといえる。

 日本選手の活躍とは別に、今回の五輪では気にかかることがいくつかあった。

 韓国は北朝鮮からの選手団に加え、「美女応援団」に代表される応援団や芸術団400人以上を受け入れており、統一省の南北協力予算から28億6000万ウォン(約2.8億円)を拠出し、彼らの滞在費を負担している。選手村での入村式では、女子アイスホッケー南北合同チームのテーマソングにもなっている朝鮮民謡「アリラン」などが演奏され盛り上がっていた。

 アリランの楽曲を聴くと、私には思い出される北朝鮮での記憶がある。韓国の文在寅大統領は、北朝鮮の金正恩労働党委員長の妹・金与正氏をはじめとする高官代表団と約3時間にもおよぶ会談を行い、金与正氏は金正恩氏の親書を渡し、早い時期に訪朝するよう文大統領に申し入れたという。実現するかどうかは別として、南北朝鮮にとって意味深いことなのだが、個人的には選手村入村式での「アリラン」合唱のほうがインパクトが大きかった。

 北朝鮮には「アリラン祭」というものがあり、そこでは巨大な「10万人のマスゲーム」が開かれていた時代があったのだ。マスゲームは平壌最大のメーデースタジアム(収容15万人)で行われ、北朝鮮の有名な歌手や芸術団、オーケストラ、学生、幼稚園児まで10万人の演舞を眺めることができる。学生はスタンドで人文字を描く。

 平昌五輪をテレビで見ながら、私の頭の中によみがえったのは、その10万人のマスゲームである。また、「少年宮殿」と呼ばれる、100室近い教室の中で少年少女がそれぞれ、バレエダンス、琴やギターの演奏、書道や絵画に取り組んでいる。みんな笑顔で楽器を奏で笑顔で踊ったり、筆を握っていた。当時少年宮殿にいた少女たちのなかには、現在美女応援団に所属している人もいるのではないか。

北朝鮮への団体旅行

 北朝鮮の経済状態が安定しないため、アリラン祭が開かれるのは今年が最後だろうと噂された2002年6月、私は10万人のマスゲームを見ることを主な目的として平壌を訪れた。特別なルートを使ったわけではない団体旅行である。ツアー代金は少々高めであったが、新潟空港を発ち、ウラジオストクでのトランジットを経て平壌空港に降り立ったのである。

 もちろん私が北朝鮮を訪れるのは初めてであるし、団体旅行といっても知らない人ばかりであり、新潟空港の集合場所からツアー参加者全員が軽い緊張感に包まれていた。誰もひと言も発しない。参加者は概ね男性が多かったが、なかにはどこかで見たバンドの女性ボーカリストや、広告代理店社員も紛れていた。

 誰もが、「今年は安全に北朝鮮へ入ることができる」と誰かから伝え聞いて訪朝を決めたのだろう。その時にはなぜ安全と言い切れるのかわからなかったが、同年9月、当時の小泉純一郎首相が訪朝し、日朝首脳会談が開かれ、日本人拉致被害者5人の帰国がかなうこととなったのである。その時ツアー参加者に、3カ月後の小泉訪朝はまったく知らされていなかった。

 北朝鮮に滞在していた間は、2名の男性ツアーガイドから話を聞くのみで、現地の人と話すこともできなければ、まれに有料で視聴できるテレビ番組以外は一切外部の情報を得ることができない。ちょうどサッカーの日韓ワールドカップが開かれていた時期であったが、600円払えばテレビでサッカー観戦できたものの、それも宿泊したホテルにある地下の一室で視聴できただけで、それ以外の番組は見ることができない。

穏やかな旅の裏で

 視察した中学校では生徒が各自パソコンに向かっていた。インターネットにはどのように接続しているのかとガイド男性に尋ねると、「パソコン技術を学んでいるだけだからインターネットへの接続は不要だ」との回答だった。

 ツアーは、かつて日本で走っていたのだろう、「非常口」はじめ日本語での車内表示がある観光バスを貸し切っての移動だが、移動中にガイドがいろいろな話をしてくれる。流ちょうな日本語だ。

「わが共和国の人口は7000万人である」と言ったときには耳を疑ったが、ガイド男性はさらに説明を続ける。「北に2000万人、南に4000万人、海外に1000万人、あわせて共和国の人口は7000万人である」としていた。さらに、「税金の徴収はない」「自由がある」などガイドが語った後で、「質問はありませんか?」と問いかける。

 私は、北朝鮮における恋愛や結婚、離婚事情、浮気の有無を知りたくて訪朝したのだが、質問の手を挙げる前に他の人が大きな声で尋ねた。

「中国の瀋陽(市)の日本(国)総領事館に北朝鮮から亡命した人があったが、それについて、あなたはどう思うか?」

 バスの中に緊張が走る。その事件は、この北朝鮮旅行の1カ月半前、02年5月8日に起こった。日本では繰り返し報道され、中国武装警察官に脱北者を引き渡す結果となったことへの是非が、日本と韓国で問われた。

 ガイド男性は憮然と答えた。

「わが共和国では、そのような件は報道されていない。報道されていないため我々はその件を誰も知らない。知らないことは存在していない。次の質問は? まだ質問がありますか?」

 なんともいえない重い空気を払拭しようとしたのだろうか、高齢の日本人男性が明るい声音で質問に立った。プロ野球チームの赤いキャップを被っており、新潟空港で搭乗を待つ間から、誰を相手にでもなくひとりでよく喋っていた男性である。

「キーセンパーティーはないのか?」

 違う意味で、またぎょっとする質問である。ガイドは即答した。

「それは、わが共和国にはない」

 世界中で女を買ったと豪語していた高齢旅行者は「本当ですか? 本当はあるでしょう」と食い下がる。ガイドは強い口調で「一切ありません!」と言った後、「それはその、浮気とかはありますが、お金で云々することはありません」と答えた。

 バスを降りて観光施設へ歩く間に、私はガイドに話しかけ、平壌における浮気事情を詳細に尋ねたのはいうまでもない。

 バス車中だけでなく、食事内容などは少し刺激的な旅だったが、平壌をはじめとして開城、板門店などを観光した。さまざま小さな違和感はあったが、その違和感も衣食住が日本とは異なるという程度のものであり、全体的に穏やかな旅だと思っていた。

 まさか旅行中の6月29日、私たちが南北軍事境界線を観光していた頃、韓国と北朝鮮の艦艇が銃撃戦を繰り広げていたことは知らされなかった。韓国の哨戒艇が沈没し、韓国軍人5名が戦死し、19名の韓国軍人が負傷していること(第2延坪海戦)、旅行中にはまったく知らされていない。海上で何が起こっているか気づくこともなく帰路につき、ウラジオストクでのトランジットの間に、海上衝突があったことをテレビ放送を見て知ったほどである。
(文=池内ひろ美/家族問題評論家、八洲学園大学教授)

※後編に続く

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