中国製品への制裁関税適用、シリア攻撃など、通商・軍事面の大きな決断が目立つアメリカのドナルド・トランプ大統領。しかし、彼の「大統領としての資質」を問う声は、いまだアメリカ国内に根強く残っている。
その源は、いうまでもなく「ロシア疑惑」である。これは、ロシアがサイバー攻撃などによって2016年のアメリカ大統領選挙に干渉し、「トランプ陣営と結託していたのではないか」とされる問題だ。追及が進む一方でいまだ決定的な証拠は見つかっていないが、さまざまな関係者の証言から、少しずつ全貌が明らかになってきている感もある。
その最たるものが、『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』(集英社/ルーク・ハーディング著、高取芳彦、米津篤八、井上大剛訳)である。イギリスのジャーナリストであるルーク・ハーディング氏は、ロシア側も含む膨大な数の関係者への取材によって、「ロシア疑惑」というあまりにも大きな「絵」の空白を埋めていく。
この連載では、ロシア疑惑にまつわる基本的な疑問を、本書をお供に紐解いていく。第2回となる今回は、トランプ氏がロシア側に握られた「弱み」がテーマである。
トランプは「性的倒錯行為」を監視されていた?
そもそも、この疑惑が浮上したのは、2017年1月に「スティール文書」と呼ばれる諜報メモが公開されたことが発端だ。「スティール文書」とは、元イギリス秘密情報部(MI6)の工作員のクリストファー・スティール氏によるメモである。このメモには、
・プーチンがトランプを数年前から支援していること
・トランプはヒラリー・クリントンをはじめとする政敵に関する情報をロシアから受け取っていること
・ロシアはトランプを恐喝できるだけの弱みを握っていること。その弱みには、どうやらロシアの情報機関によって仕組まれ、監視された性的倒錯行為が含まれていること
などがつづられていた。
これ以降は、人それぞれの感覚の話という要素も多分にあるのだが、「性的倒錯行為」というのはどれほどの弱みなのだろうか。確かに、性的嗜好は個人のプライバシーのなかでも最上位に位置するものだが、果たしてそれは超大国の大統領を操作し脅迫する材料たり得るのだろうか。
この点について、アメリカ現代政治に詳しい上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏は「トランプ氏のテレビ司会者経験の長さ」に注目する。
「豊富なテレビ司会の経験から、トランプ氏は大衆心理や世間の関心を熟知していますし、世論の読み方もうまい。政治家としても、まさに『世論で動くタイプ』ですから、自分の『性癖』がいかに人の関心を集めるかについて、過敏になっているのではないでしょうか」(前嶋氏)
ただ、前嶋氏もトランプ氏の弱みが「性的」なものだけとは考えていないようだ。
「ロシアがトランプ氏の弱みを握っているとしたら、何らかのビジネスディールについてでしょう。つまり『お金がらみ』です。ロシアとトランプ陣営の間のお金の動きが明るみに出るかどうかが、この問題の焦点でしょうね」(同)
『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』 機密文書のリークが発端となった「ロシア疑惑」は、トランプ政権の閣僚、スタッフが次々と辞任、起訴に追い込まれ、大統領本人の聴取をめぐってFBIとトランプ側の攻防が繰り広げられている。そもそも、トランプとロシアが結びつくきっかけは何だったのか、誰が関わっているのか。細かい取材の積み重ねで、複雑なルートが少しずつ明らかになっていく。