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江川紹子の「事件ウオッチ」第104回

歪んだ正義感はなぜ生まれたのか…弁護士への大量懲戒請求にみる“カルト性”

文=江川紹子/ジャーナリスト
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懲戒請求を行った50代女性は

 これまで3弁護士のところに連絡をしてきた人たちもいるが、その人物像を問うと中高年ばかりだという。

「私が話した人では、1番若くて43歳。40代後半から50代が層が厚く、60代、70代もおられる」(佐々木弁護士)

「30代以下はいない感じ。女性がかなり多い。話していて、ネットに関する知識は低い感じがした」(嶋崎弁護士)

 懲戒請求をした理由については、「これで日本が良くなると思った」「日本のことを考えてやった」「時代を変えられると思った」などと話している、という。

 だが、日本を良くしたいという動機と、弁護士への懲戒請求という行為の間には、相当の飛躍がある。

 嶋崎弁護士が話した相手は、「『(朝鮮学校のことについては)無関係なのに懲戒請求をしてごめんなさい』とは言うが、関係があれば構わないという感じ」だった。ブログを読んで、在日韓国・朝鮮人を差別・攻撃することは、むしろ「日本を良くすること」と思い込んでいた。

 なぜ、そんな発想になるのか。

 実際に懲戒請求を行った50代前半の女性に話を聞いた。

 彼女は、体調を崩して休養中、時間がある時に、たまたま問題のブログに接した。それまで政治や歴史に関心が薄く知識も乏しかったこともあり、ブログに掲載されている中国や韓国を非難する記述を新鮮に感じた。「ここにはマスコミには出ない情報が載っている」と思い、引きつけられた。

「本当の保守の人は、そのブログは危ないと感じてすぐに離れたようなんですが、私は知識がなかったので、むしろ『ここから学ばなきゃ』と思ってしまいました」

 読み進めるうちに、「このままでは日本が壊されてしまう」という怒りや恐怖が湧いてきた。そして「なんとかしなければ」という切迫した思いにかられた。そういう時に、懲戒請求の呼びかけがブログでなされた。女性も「これをやれば、日本を守ることになる」という気持ちになって、参加した。

 ブログに煽られて懲戒請求をした人たちは、朝鮮学校を利する行為に賛成する者は、「反日」であり「悪」である、それを叩く行為は「日本のため」であり「善」である、とする、ブログが提供する価値観を信じ込んでいたようだ。

 このような単純な二元論を使えば、あらゆる人や価値観は「善」と「悪」に振り分け可能となる。北弁護士の場合は、「悪」の味方をする者だから「悪」という認定だろう。そして、自分は「善」の側に立ち、「反日=悪」の弁護士に“正義の鉄槌”を下す、という意識になる。「日本を取り戻す」という使命感で高揚した者もいる、とのことだ。

 ネットを利用すれば、それぞれの弁護士の日頃の主張や活動を調べるのは、そう難しくない。日弁連のホームページからは、弁護士の事務所の住所や電話番号は容易に検索可能。特に佐々木弁護士らは、自分の実名を出してツイッターなどのSNSを利用しており、直接問い合わせることは容易だ。

 けれども、懲戒請求をした人たちは、それぞれの弁護士の主張や活動を調べたり、確かめたり、あるいは自分自身で是非を考えたりするわけではなく、問題のブログによる「反日=悪」認定をそのまま鵜呑みにし、その呼びかけに応じて行動している。どう見ても「サヨク」ではない北弁護士まで対象になったところを見ると、一人ひとりの弁護士の思想信条や活動領域はどうでもいいのだろう。自分たちに批判的な者はすべて「悪」という、極めておおざっぱな分類を、彼らはなんの疑問もなく受け入れている。

 こうした思考方法や行動パターンは、カルト信者のそれと酷似している。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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