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「コンビニは通える引きこもりたち」の知られざる実態…理解や支援を難しくする“思い込み”

文=真島加代/清談社
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「gettyimages」より

 ドラマや小説に登場する“引きこもり”は、自宅や自室から一歩も出ず、親とすらも顔を合わせない人物として描かれることが多い。そのため、現実社会の引きこもりに対しても同様のイメージを抱きがちだ。

 しかし、実際には、近所のコンビニでの買い物や親との外食、趣味のイベントへの参加など、少なからず外出する機会があるため、自室からほぼ出ない引きこもりは少数派だという。

 そもそも内閣府では、学生でもなく仕事をしておらず、家族以外とあまり会話をしていない状態が6カ月以上続いている人を広義の「引きこもり」と定義している。日本に約100万人いるといわれている引きこもりは、必ずしも自室や自宅から一歩も出ない状態を指すわけではないのだ。

家族ですら誤解している可能性も

 こうした世間のイメージと引きこもり当事者とのギャップを綴った『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社)が話題を集めている。同書の著者で、引きこもり支援を行っている認定NPO法人ニュースタート事務局スタッフの久世芽亜里さんに、引きこもり問題の現状や課題について聞いた。

「この本の担当編集さんと打ち合わせをした際、“コンビニに行っている引きこもりの人は多い”とお話ししたところ、大変驚かれていて、本のタイトルにもなりました。実は、ニュースタートに相談に来る親御さんにも『うちの子はコンビニに行っているから引きこもりではない』と言う方が多く、身近にいるご家族でも間違った認識をしている可能性は高いのです」(久世さん)

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『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社/久世芽亜里)

 認識のズレはほかにもある。たとえば“引きこもりは家族に暴力をふるう”というイメージも根強いが、実際は少数派だとか。

「うちに来る相談のうち、物に当たる、手をあげるなどの暴力行為を伴う事例は約1割。過去に子どもからの暴力に遭い、今は腫れ物のように扱っている家庭を含めると2割ほどなんです。確かに、親にひどい暴力をふるっているという人を訪ねることもありますが、他人の私たちにまで被害がおよぶことはほぼありません。親御さんから聞いていた話では攻撃的でしたが、支援をスタートして交流を持つと、初対面からとても礼儀正しく、周囲に威圧的な態度をまったく取らない人が大半ですね」(同)

 久世さんたちのもとには、世間で引きこもり関連の事件が起きるたびに、我が子を心配する親からの相談が増えるという。直近では、2019年に神奈川県川崎市で発生した通り魔事件の加害者が“引きこもり傾向にあった”と報道され、話題になった。

「加害者が51歳だったので、引きこもりの高齢化問題も取り沙汰されました。当時、私たちは加害者と同年代の子どもと暮らしている親世代からの相談が増えると予想したのですが、実際にはもう少し若い年代からの相談が増えたんです。『20代の子どもが引きこもっているから、このままだと犯人と同じことになるかも』という焦りから連絡をくれた印象です」(同)

 しかし、「それもまた思い込みのひとつ」と久世さん。たとえ親や兄弟に暴力をふるっていても、それは“他者に対する暴力”とはまったく別物、と強く訴える。

「親への暴力は根底に甘えがあり、兄弟への暴力は直接の恨みや親へのアピールなど、“甘えと家族間のゆがみ”が関連していることが多いです。どちらの場合も無差別の攻撃性は持ち合わせていないので、他人に暴力を向けるケースはほぼありません。一見普通に社会生活を送っている人のなかにも他人に対する攻撃性を持っている人はいるので、『引きこもりが事件を起こす確率が高い』とはまったく感じないです。一般よりも低いか、高く見積もってもせいぜい同じ確率だと思います」(同)

 引きこもりは日本人にとって身近な社会問題だが、正しい知識や情報が共有されていないために、偏ったイメージが広まっているようだ。

今、自分が何歳なのかもわからない…

 久世さんが執筆した『コンビニは通える引きこもりたち』には、ニュースタートが携わったさまざまな事例が登場する。その一部を紹介しよう。

「ノリオ君(仮名)は、現在35歳です。都心で一人暮らしをしながらデザイン系の専門学校を卒業し、広告会社に入社。ですが入社して10年が経った頃、『何のために働いているのか分からない』『何のために生きているんだろう』と話すようになりました。終電でばかり帰るようなきつい仕事で、うつの傾向も見られたため、親も『疲れたのだろう』と判断。しばらく休職し、家にいさせることにしました」(同書より)

 その後、彼は仕事を退職。失業保険が切れた後もなかなか重い腰が上がらず、短期のアルバイトも「合わない」とすぐ辞めてしまったという。

「普段はパソコンに向かい、たまに買い物などに出かけ、以前の貯金があるので小遣いの要求もありません。そんな生活を5年も続けています」(同書より)

 この事例のように一度就職し、さまざまな理由で退職した後に引きこもりになるケースは少なくないという。そのほかにも、大学受験に失敗して浪人中から引きこもりになった20代の男性や、派遣法が変わった影響で雇い止めに遭って以来、5年間仕事をしていない50歳の男性など、その経緯はまさに千差万別だ。

「最近では、子どもが40代、50代の家庭からの相談も増えていますね。年齢の幅が広がった分だけ内容も多様化していて、“誰しも引きこもりになる可能性がある”と考えるようになりました。18年間引きこもりをしていたある男性に家にいた頃の話を聞いたところ、『はじめの3年ほどは葛藤があったが、それ以降は時が止まったような感覚になった』と話していました。もちろん苦しみはあったと思いますが、自分は引きこもって何年経ったのか、今自分が何歳なのかもわからなくなり、時間の感覚が薄れていた、という言葉が印象的でしたね」(久世さん)

「レンタルお姉さん」と「共同生活寮」

 ニュースタート事務局では、1994年の活動開始以降、さまざまな形で引きこもり支援を行ってきた。代表的なのが、スタッフが家を訪問して本人と交流する「レンタルお姉さん」と、家を出た人たちが暮らす「共同生活寮」の運営だ。

「レンタルお姉さん・お兄さんは、はじめに何通か手紙を送ってから電話をかけ、自宅に訪問する支援方法です。訪問と電話を交互に織り交ぜながら、週に1回交流をしていきます。支援を始める前には、子どもに就労してほしいのか、共同寮への入寮なのか、スタッフと親で目標を立ててから“次のステップ”を目指します。入寮を切り出すタイミングも、スタッフが本人の様子を見ながら外に引っ張る力と、彼らの背中を押す親御さんの力がうまく合致したときに、前に踏み出すケースが多いですね」(同)

 レンタルお姉さんの支援は半年~1年を目処に行われる。会話の主な内容は“雑談”。相手が興味を持ちそうな内容を投げつつ、こちらからアプローチを続けて少しずつ距離を縮めるという。久世さんは「家族ではない第三者だからこそできる支援を心がけている」と語る。

「家を出た人が入る『共同生活寮』では、卒業後の一人暮らしを想定して、寮生による自主運営を基本にしています。一人ひとりに個室があり、食事は当番制で洗濯は各自で行い、共用部の掃除は分担制です。同時に、週4日はニュースタートが運営するパン屋などで仕事体験をしてもらい、残り3日はお休み。寮生同士の交流で仲間ができるのも、自活への第一歩です」(同)

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男子寮の外観。約30人の寮生が生活し、女子寮では3人が生活している
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ニュースタート事務局が運営しているパン屋の内観。寮生たちは事務作業や協力農家での農作業などから、業務を選んで励んでいる

 仕事体験での業務に慣れてから、外部で働くための就職活動をスタート。正社員やバイトなどの就労先が決まり、3カ月間仕事を継続して精神面・生活面が安定していたら、寮を出て一人暮らしを始める。それが、ニュースタートからの“卒業”だという。

「就労支援はあくまで私たちの支援の一部ですが、就労率は95%に達しています。平均滞在期間は1年半で、9割以上の人が一人暮らしをして自活を始めますね。みんな、バイトを続けるのは苦ではないようで、自分のペースで働いて生活費を稼いでいます。その後、実家に戻すと再び引きこもってしまうケースを多く見てきたので、ニュースタートでは“一人暮らし”を前提に支援しているんです」(同)

 なかには、入寮後3カ月で職を決めて寮を出ていく人もいるそうだ。久世さんは「引きこもりの自活は難しい」という先入観も支援が進まない要因では、と分析する。

「ほかの支援者の方の意見はわかりませんが、これまで1600人以上の事例に触れてきた私たちの見解では『大半の人が自活できて、時折難しい人がいる』という印象です。当事者がどこにSOSを出せばいいかわからないという日本の現状も相まって、苦しい状況が固定化されてしまうようです。今後、引きこもり高齢化はさらに加速していきます。まずは、自治体や支援団体など相談の窓口がたくさんあることを当事者に知ってもらうことが先決かもしれません」(同)

 理解や支援が進まない引きこもり問題。見て見ぬ振りを続けた先には、多様な人々を認められない“冷酷な社会”が待ち受けている。

(文=真島加代/清談社)

●久世芽亜里(くぜ・めあり)
認定NPO法人ニュースタート事務局スタッフ。青山学院大学理工学部卒。ニュースタート事務局では現在、親の相談や事務、広報を担当。

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せいだんしゃ/紙媒体、WEBメディアの企画、編集、原稿執筆などを手がける編集プロダクション。特徴はオフィスに猫が4匹いること。
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