加えて最近はパイロット不足や乗員の稼働率上昇によって、夜に目的地について翌朝に出発するという乗務パターンが増えている。航空会社には、飲酒に限らず疲労とストレスを与えるような勤務を改めなければ、安全性に直結するという自覚が求められているといえよう。
このような勤務を放置して事件が起こると、宿泊地での全面禁酒や、乗務前の飲酒禁止時間を24時間に拡大するなど、場当たり的な対応を行う。これでは、ますます現場のパイロットの思いと乖離し、実効性のある対策ではなくなっていくだろう。
何事もルールは当事者たちが納得できる合理的なものであるべきである。経営陣は一度、現場の正直な声に耳を傾けてみたらどうであろうか。
国土交通省は何をしてきたのか
今回の一連のトラブルが世間の注目を浴び、国交省はこれまでの社内処分に加えて、行政処分を科す方針だと表明した。だが、国交省には責任がないのか。
すでに述べたように、国内航空会社間でも飲酒の制限が乗務前12時間と8時間と2通りあり、いわばダブルスタンダードが存在してきた。加えて国内4社は呼気検査さえやっていない。このような状況を放置して行政指導を行ってこなかったのは誰なのか。
そして、欧米ではアルコール濃度の基準値が決められているのに、わが国では一切の基準がなかったことも行政の怠慢といえよう。さらに、10時間以上の長距離便運航を交代乗員なしで飛ばせることにお墨付きを与えている責任はどうか。
国交省は、パイロット側の意見として日本航空機操縦士協会(JAPA)の賛意を根拠として、科学的根拠のない会社独自の規定を認めている。しかし、同協会は一部幹部が会社の規定案に協力し、その独裁的運営と乗員へ不利益を与えたことによって大量のパイロットの退会者を出しており、到底パイロットの代表者たる資格がない。
欧米の航空会社では、パイロットの乗務時間制限について、労使の勤務協定と、その規定を超えた運航を認めるルールが存在するというダブルスタンダードにはなっていない。この状況を放置している国交省の責任は重い。
真に有効な飲酒対策を望む
国交省は海外の例も参考に有効な対策を打ち出すとしているが、アメリカでは呼気検査を乗務前に行っておらず、抜き打ち検査だけで十分な効果を上げている。アメリカでは空港の保安官が抜き打ち検査をして、違反があれば重い罰則が科せられる仕組みとなっており、エアラインのパイロットはそれによって自己管理を厳しくしているといわれている。国はこのような事例も参考にして、合理的な対応策を打ち出してもらいたい。
以上見てきたように、パイロットの飲酒という危険行為に対して、現場のパイロットをはじめ、航空会社経営陣、それに国土交通省はこれまでどれだけ危機管理を行ってきたのか。今回の事件を反省し、業界全体で安全運航の確保に向けた努力をしてもらいたいと願うばかりである。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)