緊迫するウクライナ情勢について、2月9日、岸田文雄首相が意見交換のため首相官邸に招いたのは、安倍晋三元首相だった。30分ほどの会談を終え、記者団に囲まれた安倍氏は「私の今までの経験の中で、アドバイスができることがあればということで少し話した」と答え、満足気だった。対ロシア外交についても安倍氏は岸田氏に助言したという。
「ロシア外交といいますが、北方領土問題ではプーチン大統領に手玉に取られて二島返還での交渉に転換させられた挙げ句、その二島返還交渉すら前に進まなかったのに、どの口でロシア外交を語るんですかね」(自民党ベテラン議員)
自民党内には冷ややかな声もあるが、安倍氏本人は再び「外交の安倍」をアピールできる場面が増えていることを歓迎しているようすだ。
冒頭の岸田氏との会談では、「佐渡島の金山」(新潟県)を世界文化遺産候補としてユネスコに推薦したことも話題に上ったという。これも安倍氏の強い意向が働いた結果だった。佐渡島の金山について「朝鮮人の強制労働の現場だ」と主張する韓国からの反発が予想されるなか、当初は外務省を中心に世界文化遺産登録への申請には消極的だった。
しかし安倍氏が、「論戦をさけるというかたちで登録を申請しないのは間違っている」と、政府の姿勢を批判。高市早苗政調会長ら自民党内保守派もこれに同調し、岸田氏が「見送り」から「推薦」に転じた経緯がある。岸田氏が推薦決定を発表した直後には、安倍氏はわざわざ「総理の判断を支持します。冷静に正しい判断をされたと思います」とのコメントまで出している。
「外交の安倍」は厄介な存在
ここまで安倍氏が強気に出られるのは、岸田外交を完全に見下しているからだろう。岸田氏は第2次安倍政権で4年8カ月にわたって外務大臣を務め、その在任期間は歴代2位を誇る。だが、安倍政権の外交マターは、実際は安倍氏が外相の頭越しであらゆることを決めていた。安倍首相が事実上、外相も兼務していたようなものだった。
だから岸田氏は、首相になって初めて自らの外交ができるはずだったが、政権発足後の最初の外遊先として熱望していた訪米はいまだ実現していない。岸田氏に尻を叩かれ、外務省が必死に日米首脳会談を調整したものの、米国側は新型コロナウイルス対策を理由に受け入れず、結局、電話首脳会談で済まされている。
「岸田氏がバイデン大統領に軽んじられていることを、安倍氏は内心、ほくそ笑んでいるようです。米国ではバイデン大統領の支持率が低落傾向。今秋の中間選挙でバイデン民主党は負けるのではないか。そうなったら2年後の大統領選は再び共和党のトランプ氏が出てくるシナリオが十分あり得る。安倍氏はトランプ氏のカウンターパートは自分だと思っているので、『ポスト岸田』で安倍氏が再々登板に意欲を燃やす可能性も出てくるだろう」(安倍派関係者)
再びのトランプ大統領なら、三度目の安倍首相、ということになるというのだ。もっとも、安倍氏が外交で自身の存在感アピールに余念がないのは、地元・山口のライバル・林芳正外相に対する焦りとの見方もある。
「議論されている『10増10減』が次の衆院選で現実になれば、山口県の選挙区はこれまでの4から3に減る。安倍氏と林氏はともに親の代から下関市が地盤。地域性を考えると、両者と安倍氏の弟の岸信夫防衛相の3人が2つの選挙区を取り合うことになるのではないか。安倍氏にとって林氏は邪魔な存在。安倍氏には、岸田外交に口出しすることで林氏の外相としての評判を落とす狙いもあるのでしょう」(前出の自民党ベテラン議員)
岸田首相にとって「外交の安倍」は、これからも厄介な存在になりそうだ。
(文=Business Journal編集部)