「紙面であれほど話題になった人物が、まさかうちの報道企画に深くかかわることになるとは……。十人十色、社員それぞれが多種多様な人脈や考え方を持っているのが“朝日の強み”です。だからこそ他社にはない切れ味の企画が出てくるのは珍しいことではありませんが、彼をこのタイミングで起用したのは正直びっくりしました。“密フェス”のみそぎが済んだということなのでしょうか」
朝日新聞の記者がそう語る“紙面であれほどネタになった人物”とは、日本のヒップホップ界を代表するアーティストの1人、Zeebraのことだ。朝日新聞社は3日、『Zeebra選抜、次世代を担うヒップホップアーティスト5名が報道を歌う。朝日新聞ポッドキャスト特別企画「Journa-Rhythm(ジャーナリズム)」 配信開始!』と題するプレスリリースを公開した。
Z世代と社会をつなぐ特別番組「Journa-Rhythm」(ジャーナリズム)を3日から、朝日新聞ポッドキャスト「ニュースの現場から」で配信するという内容で、次のように企画の概要を説明している。
「長きに渡ってヒップホップ界を牽引し続けているZeebraによってZ世代から選抜された若手ヒップホップアーティスト5名が、朝日新聞で報じられた特定の報道をもとに、剥き出しの想いをリリックに綴り、オリジナルのヒップホップ楽曲を制作。番組内では、その歌詞に込めた思いやニュースに触れて感じたことなど、楽曲制作の裏側だけでなく、Z世代のリアルな感情に踏み込みます。
扱う報道や社会問題のテーマは、アーティスト自身と協議のうえ選定し、Moment Joonは『移民』(3月3日配信)、Gucci Princeは『格差社会』(3月10日配信予定)、Authorityは『低所得』(3月17日配信予定)、Marukidoは『出産』(3月24日配信予定)、T-STONEは『自殺』(3月31日配信予定)に対して、それぞれの想いを歌う楽曲を社会に向けて発信していきます。また全番組共通のメインゲストとして、オーガナイザーであるZeebraが出演します」(原文ママ)
ヒップホップが社会性を帯びているのは言うまでもない。さまざまな社会問題を報じるニュースとの親和性もあるだろう。メディアの中でも比較的に“反権力”志向の強い朝日新聞の社風とも合うのかもしれない。
しかし、Zeebraといえば昨年8月28~29日、愛知県常滑市の愛知県国際展示場多目的広場野外ステージで開催されたヒップホップイベント『NAMIMONOGATARI2021』の騒動が記憶に新しい。会場の写真から、インターネット上では“密フェス”との批判が殺到。地元の伊藤辰矢市長も激怒し、主催者に抗議文を送り「今後二度と市の施設であるりんくうビーチ(編集部注:2016~19年に同フェスで使用)を使用させない」と通達した。フェス参加者の集団感染も相次ぎ、週刊誌やネットニュース、スポーツ紙やワイドショーのネタになるだけでは収まらず、朝日新聞を含めた全国紙各社も大きく報じることになった。
フェス翌日、Zeebraは自身のTwitterアカウントに「昨日のNAMIMONOGATARI2021、県のルールに則ってると聞いていたので出演しましたが、開けてみたら危険な状況でした」 「そもそも出演すべきでは無かったという意見もごもっともだと思います」「ヒップホップシーンを牽引する立場として責任を感じています。誠に申し訳ありませんでした」などと投稿し、謝罪した。
しかし、ほどなくして一部週刊誌が、Zeebraは単なるゲストではなくフェス自体の運営に深く関わっていた点を指摘。世間の怒りは再燃し、各地で開催予定だった音楽フェスにも影響は波及。それぞれの運営事業者が延期や中止の検討を求められる事態に陥った。
音楽業界に今も漂うZeebraと“密フェス”への怒り
コロナ禍でそれぞれの音楽イベントを実施しようと音楽業界もまた激怒した。コンサートプロモーターズ協会、日本音楽制作者連盟、日本音楽事業者協会、日本音楽出版社協会の音楽4団体は9月2日、共同で以下のような抗議声明を出した。
「昨今、私ども音楽団体に参加していない主催者による野外フェス公演において、感染拡大防止対策ガイドラインに示される基本的対策が守られないどころか、自治体との協議事項を遵守せずに開催した事例がいくつか散見されました。
このような行為は、当業界が一年半に及ぶ国、自治体、地域関係者の皆さま、そして公演に来場されるお客様と構築してきた信頼関係を破壊し、このコロナ禍で日夜ご努力されている医療従事者の皆さま、地域保健機関の皆さま、関係当局の皆さまのご苦労を台無しにする暴挙と言わざるを得ません。かかる行為は、誠に遺憾であり、当該主催者には厳重に抗議いたします」
大手芸能事務所関係者は語る。
「音事協などによる共同声明では、名指しこそしていませんが『NAMIMONOGATARI2021』のことだと言って過言ではないと思います。どこの事務所も本気でキレていましたよ。『権力とか政治家とか、世間体とか場の空気とか、ヒップホップはそういうのは気にしない』というスタイルでやるのなら、『じゃあ、そもそも自治体から場所を借りるなよ』と思いましたね。馴染みのクラブとか、自分たちの責任でできる場所でパフォーマンスをすればいいじゃないですか。
プロダクションやレコード会社、アーティストがコロナ禍の中、どれほど苦労して自治体との交渉を進め、ライブやフェスを開くために努力してきたのか。あれから数カ月経ちましたが、私も含めて、いまだにあのイベントの主催者に対し、怒りがおさまらない人間は少なくないと思いますよ。Zeebraに対しても良いイメージはありません」
朝日で“本気の表現”はできるのか?
前述の朝日新聞記者は次のように心配する。
「確かにうちは一言居士が多い会社です。権力や社会の理不尽に対して怒りを持っている社員も多い。でも、“クオリティーペーパー”を前面に打ち出すような、ある意味で“お行儀の良い”媒体です。最近は旧来の新聞社の枠にとらわれないような新しい試みもしていますが、Zeebraさんや若い世代のラッパーたちが『本気でやりたい表現ができるのか』という疑問はありますよね。薬物や犯罪を示唆するようなギリギリの表現も厳しいでしょうし、いわゆる“四文字”とかを連呼するわけにもいかないでしょう。
社会問題に問題意識を持っているZ世代のアーティストがもっと自由に輝けるような、活躍の場を設けるのであれば、もっと適した媒体や場所がある気もします。単にZeebraさんが他の音楽関係事業者や媒体から避けられていて出演することになった、ということでなければいいのですが」
Zeebraはポッドキャストで何を語るのだろうか。出演するZ世代の若いアーティストたちが臆したり、忖度したりすることなく、朝日新聞という場で切れ味の良いパフォーマンスを披露してくれることを期待したい。
(文=Business Journal編集部)