年金制度の不備を悪用する巨大新聞社 仕事のない定年後の社員も破格の待遇!?
「そういうわけにはいかん。俺が無理に連れてきたんだから」
「そんなことないですよ。実は吉須さんが資料室に来る前に、同じような封書が届いているのに気付いていたんです。それが気になって、吉須さんが来ないかと待っていたんです。お互い、多額の“捨て扶持”をもらっている身ですから。こっちは僕に任せてください」
●社長と愛人女性に遭遇
席を立って、キャッシャーで深井が支払いをしていると、後ろから吉須が肩をつついた。
「おい、今、女がひとりで入ってきた。件の彼女じゃないか?」
中に入っていく女性の後ろ姿を顎で指した。深井も立ち止まってバーの中を凝視した。 「いや、僕は面識がないから。わかんないですね」
「バーの中に入る時、しきりに腕時計を気にしていた。待ち合わせの感じがしたぞ」
ふたりはエレベーターに乗り込み、フロントロビーのある一階に下りた。正面玄関へ向かって歩き出した時、突然、吉須が深井の腕を抱えるようにしてロビーの隅に引っ張っていた。
「あれ、松野(弥介)社長じゃないか?」
中肉中背のがっしりした体格の男が背筋を伸ばし、少々上を向いた感じで、フロントに向かって歩いて行く方向を顎で示した。
「そうです。松野ですよ。結構おしゃれでね。いつもいい背広を着ています。さっきの女、やっぱり件の女かも知れませんね」
ふたりはロビーの隅で、フロントでサインもせずにキーを受け取った松野が、なじみのボーイに向かって手を挙げながら、エレベーターホールの方に戻ってくるのを見ていた。
松野の姿が視界から消えると、ふたりはロビーの隅から正面玄関に向かって歩き始めた。
「そうそう。思い出した。丹野が変なことを言っていた。4月に松野社長の犬のような奴が大都新聞から首席研究員で送りこまれるらしいぞ」
「誰ですか」
「それは来てのお楽しみ。間もなく定年を迎える奴らしいから、きっと席は資料室だぞ」
正面玄関のドアを開け、ふたりは表に出た。吉須は左わきのタクシー乗り場に向かった。
「俺はこれからタクシーで帰るけど、君はどうする?」
「僕は地下鉄で帰りますよ」
「時々会うにしても舞ちゃんが面倒だろう。携帯で連絡を取り合うことにしないか」
「そうですね。そうしましょう」
「例の手紙、今度会う時に、返してくれな」
「わかりました。今日は、話題にもしませんでしたが、来週の月曜日に会長に呼ばれている話も気になります。何か、わかったら連絡してくださいね」
「ふむ。会ってのお楽しみでいいと思うけど、君の方もな」
吉須はそう言うと、タクシー乗り場に止まっていた客待ちの一台に乗り込んだ。深井はタクシーが発進するのを見送った。
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
【ご参考:第1部のあらすじ】業界第1位の大都新聞社は、ネット化を推進したことがあだとなり、紙媒体の発行部数が激減し、部数トップの座から滑り落ちかねない状況に陥った。そこで同社社長の松野弥介は、日頃から何かと世話をしている業界第3位の日亜新聞社社長・村尾倫郎に合併を持ちかけ、基本合意した。二人は両社の取締役編集局長、北川常夫(大都)、小山成雄(日亜)に詳細を詰めさせ、発表する段取りを決めた。1年後には断トツの部数トップの巨大新聞社が誕生するのは間違いないところになったわけだが、唯一の気がかり材料は“業界のドン”、太郎丸嘉一が君臨する業界第2位の国民新聞社の反撃だった。合併を目論む大都、日亜両社はジャーナリズムとは無縁な、堕落しきった連中が経営も編集も牛耳っており、御多分に洩れず、松野、村尾、北川、小山の4人ともスキャンダルを抱え、脛に傷持つ身だった。その秘密に一抹の不安があった。
※本文はフィクションです。実在する人物名、社名とは一切関係ありません。
※次回は、来週9月20日(金)掲載予定です。