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大分・イスラム教徒用「土葬」墓地開設騒動の顛末…畑の水質汚染を懸念する住民が反対

文=A4studio、協力=店田廣文/早稲田大学名誉教授
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大分・イスラム教徒用「土葬」墓地開設騒動の顛末…畑の水質汚染を懸念する住民が反対の画像1
別府ムスリム協会のHPより

 5月9日、大分県別府市の「宗教法人別府ムスリム協会」が、大分県の日出町に開設を計画している土葬墓地問題に関して、地元住民側と正式に合意したことが話題となった。別府ムスリム協会はムスリム(イスラム教徒)用の土葬墓地の開設を5年ほど前から計画しており、今回の合意により大きく前進することとなった。一方、近隣地域の住民からは風評被害への懸念や、今回の計画に対する日出町の対応への不信感などから墓地開設に反対する声が挙がっており、日出町が今後どのように対応をしていくのかも注目されている。

 在日ムスリムの日本における暮らしの実態とはどんなものなのか、そして多文化社会へ移行しつつある現在、求められている意識とは何なのか。『日本のモスク 滞日ムスリムの社会的活動』(山川出版社)の著者である早稲田大学名誉教授・店田廣文氏に話を聞いた。

日本におけるムスリムの大半は「労働者」

「ムスリムの人たちが日本に移住し始めたのは、1920年代からといわれていますが、1930年代頃は日本全国で500人から600人ぐらいというかなり小規模なコミュニティでした。しかしバブル経済に突入した80年代の後半から90年代の前半に差し掛かると、主にイラン人などが労働者として累計で10〜20万人ほど日本にやってきました。そうした労働者たちのなかにもムスリムがいたため、ムスリム人口は90年代半ばには3万人から4万人前後に激増しました。その後もムスリム人口は増えていき、日本国内における2010年のムスリム人口は約10万人、23年は約23万人にまで増えています」(店田氏)

 日本にムスリムが増える理由は外国人労働者の増加に起因するようだが、そのほかの理由もあるのだろうか。

「ムスリム人口が増えているのは、仕事を求めて日本に来るという理由が一番ですが、留学や研究のためにやってくる人も少なくありません。また、日本に来たムスリムが日本人と結婚するためには、日本人の方もイスラム教に改宗しなければならないので、日本人のムスリムが増えているという側面もあります」(同)

日本に住むムスリムの暮らしの満足度は高め

 ムスリムが日本に住む上で、宗教的・文化的なハードルはないのか。

「ハードルというほどのことはないと思います。2005年に、早稲田大学人間科学学術院アジア社会論研究室にて行った『在日ムスリム調査』で、滞日年数10年以上の首都圏の外国人ムスリムを対象にアンケートを取ったことがありました。その結果、日本における総合的な生活満足度について『満足』だと回答した人は約8割、また日本の生活への適応度について『適応している』と回答した人が9割近くいたのです。日本社会は安心・安全で、仕事があるというのが大きな要因です。また食生活に関しても、首都圏の各地には、豚肉とお酒を除いて、ムスリムに「許されている(ハラール)」食品を販売するハラールショップが増えていますし、店舗がない地方でもインターネットを通してハラール食品を手に入れられます。

 学校給食など、自らで選べない食事に関しては少々難しい部分もありますが、お弁当などでの対応がなされているようです。ハラールについて、すべてのムスリムが厳格に守っているともいえません。例えばアルコールが含まれている調味料に関しては使ってもいいとするムスリムもいるようです。イスラム教は神と個人の間の契約で成り立っているので、実は人それぞれ教義の捉え方が異なることがあります。ある意味、非常にフレキシブルな宗教ともいえます」(同)

 礼拝所であるモスクは日本全国に100カ所以上あり、礼拝はモスクでなく家でも、また最近商業施設や空港に増えてきている公共の礼拝スペースでもできる。当然ながら母国のイスラム社会で暮らす場合とは異なることも多いが、ムスリムの人々が特段日本で生活しづらいということはないという。

ムスリムの人たちにとって墓地問題は深刻

 では、別府ムスリム協会と日出町の住民との間に起こった摩擦は、どのようなものだったのか。

「別府ムスリム協会が地域への事前説明なしに、イスラム霊園計画のために土地を先行して買ってしまったことがそもそもの発端といわれています。そのこと自体は別段咎められることではないのかもしれませんが、日出町の住民の方々からすると、自分たちの地域に何ができるのか知らされていなかったのはおかしいということであったのでしょう。イスラムに限った話ではないですが、異なる文化圏の宗教関係の施設を建てる場合は、より丁寧な説明が必要だったと思われます」(同)

 日出町の住民はどのようなことを懸念点として訴えているのか。

「ムスリムにとって土葬は遵守する教義のひとつ。これは、預言者ムハンマドが土葬されたため、それに沿う形で埋葬を行っているからです。しかし、99%が火葬といわれている日本では、土葬への抵抗感は強いでしょう。日出町の住民は、お墓のある土地から腐敗した人体の成分が流れ出し、畑の農作物に悪影響があるのではないか、などと心配されているようです。

 私は環境問題の専門家ではないので、実際に影響があるのか無いのかは言及できません。今回は、当初の計画地とは別の場所に町有地を提供する形で合意に至ったと聞いています。ですが、それで終わりにするのではなく水質調査をしっかり行うことは、ムスリムの土葬文化への風評被害を防ぐためにも重要になってくるとも思われます」(同)

 ちなみに、当初、日出町役場は「墓地が水を汚染するとまではいえない」という見解を示していた。しかし、その後「水質への影響調査が必要」と意見を変えたと言われている。また別の問題点として、日本に住むムスリムのなかには土葬用の墓地が近くにない人も少なくないそうだ。そういった人たちは、どのようにしてお墓問題に対処しているのか。

「現在、日本全国にムスリムのための霊園は10カ所前後しかありません。そのためイスラム霊園があるところまで遺体を輸送するほかないのです。大変ですが、そのようにして埋葬する以外に手はありません」(同)

 移民が多い欧米諸国ではムスリムの埋葬問題にどのように対処しているのだろうか。

「欧米諸国は公共の霊園にムスリム用の区画が設けられています。イスラム教だけでなく、ユダヤ教、キリスト教などいろいろな宗教に対応した区画が公共の霊園にあります。日本は埋葬に関しては仏教の慣例に従うことがほとんどですが、欧米諸国は多民族国家であることが多く、多様な宗教に対応しているのが一般的です。欧米諸国は基本的に土葬文化も維持しているので、一概に日本とは比較できませんが、埋葬は人権問題ですので、日本でも国の方針として土葬文化を必要としている人に、向き合っていくことが求められていると思います」(同)

上手にムスリムと共生していくために必要なこと

 今後はよりいっそうムスリムと上手に共生していくことが課題になっていくだろう。

「当然ですが、まずはしっかり話し合い、お互いの主張や心情を伝えていくことが重要です。今回の土葬墓地問題も、事前の説明や話し合いが足りなかったため、問題に発展してしまったのでしょう。霊園の場所としては、頑なにここでなければいけないということはありませんし、いろいろな選択肢がありますので、ムスリム団体側と地域住民の間でしっかりと話し合いを行い、良い解決方法を導き出す姿勢が大事です。

 また、こうした相互理解を促すためにも、日本政府は増加している外国人が永住するという可能性を充分考慮して、取り巻く問題を先送りせずに対応していく姿勢が必要になってくると思います」(同)

 コロナ禍も収束しつつある昨今、外国人はさらに増えていくことが予想される。ムスリムに限らず、異文化の人々ときちんと相互理解の場を作っていくべき時代に突入しているのだろう。

(文=A4studio、協力=店田廣文/早稲田大学名誉教授)

店田廣文/早稲田大学名誉教授

店田廣文/早稲田大学名誉教授

東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得後、早稲田大学で講師・教授を務める。日本における外国人住民との共生や地方自治体における外国人政策や多文化共生政策、滞日ムスリムについての研究を行っている。
店田廣文ホームページ

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