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江川紹子の「事件ウオッチ」第8回

冤罪への懸念は払拭できず! 「取り調べ可視化」に抵抗する捜査機関の胸算用

文=江川紹子/ジャーナリスト
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冤罪への懸念は払拭できず! 「取り調べ可視化」に抵抗する捜査機関の胸算用の画像1改革のきっかけとなった証拠改ざん事件の被害者である村木さんは、終始、「冤罪防止のためには全面可視化が必要」と訴えてきたが……。

 取調室という密室の壁を取り払うことはできなかった。これからの捜査・公判のあり方を議論してきた法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」がまとめた答申案では、取り調べの全過程を録音・録画する可視化が義務づけられるのは、裁判員裁判対象事件と検察の独自捜査事件(特捜事件)に限定。全起訴事件のわずか2%ほどにしかならない。結局、壁に開いた穴は、「風穴」とさえ言えない、小さなものだった。

●「可視化」最終案への失望と意義

 自身が冤罪に巻き込まれた村木厚子・厚生労働省事務次官や、痴漢冤罪をテーマに日本の刑事司法のありようを描いた映画『それでもボクはやってない』(2007年)を撮った周防正行監督ら5人の有識者委員は、全事件の可視化を主張。すぐに全事件全過程での実施が無理なのであれば、当面は検察が全事件での録音・録画を実施し、段階的に警察にもそれを広げていく方法も提案した。

 ところが、捜査機関、とりわけ警察が録音・録画の義務化に猛烈に反対した。彼らは、捜査側の裁量で取り調べの一部を録音・録画する、つまり自分たちが残しておきたい場面だけを記録する方式を主張。裁判員対象事件に限っても、義務化をすることには、難色を示した。

 議論の方向性の鍵を握ったのは、法務省の審議会の常連である刑事法の学者たちだが、その彼らが冤罪防止には熱心でなく、可視化の枠を広げることには極めて消極的だった。その結果、可視化は裁判員裁判などに限って例外的に義務づけることにとどまった。

 これでは、4人が誤認逮捕され、2人が虚偽の自白に追い込まれたPC遠隔操作事件や、逮捕された男性が服役を終えてから真犯人が現れた氷見事件、警察が選挙違反をでっち上げた志布志事件、さらには痴漢冤罪事件のようなケースは対象にならない。今後、同様の冤罪の再発を防止することにならないと、冤罪被害者たちは、失望を露わにしている。

 対象範囲が少ないうえ、捜査機関側にとっては抜け道もある。逮捕する以前の「任意」の取り調べは、可視化の対象外。「任意」とはいえ、自由に帰ることができない、事実上の拘束下におかれ、激しい取り調べが行われることはあり、これまでの冤罪事件でも、「任意」の段階で虚偽自白に追い込まれているケースはある。さらに、現場への引き当たり捜査など、取調室以外でも、事実上の取り調べは行われる。

 ただ、それでも今回の答申には、大きな意義がある。限られた事件とはいえ、これによって警察は、密室の中で自白を迫る“伝統的取り調べ”手法からの脱皮を迫られているからだ。

 “伝統的取り調べ”においては、無理に自白を迫るほか、自白をすれば早期の保釈が見込めるなど取り引きめいたやりとりが行われたり、犯行現場の状況など虚偽の自白を作成するための情報が与えられたりすることもあった。大阪府警の警察官が、任意の取り調べで、被疑者に「殴るぞ、お前」、「手出さへんと思ったら大間違いやぞ」、「お前の人生むちゃくちゃにしたるわ」などとすさまじい暴言を浴びせ、それが録音されていた例は、記憶に新しい。少なくとも、裁判員対象事件においては、こうしたやり方は通じなくなる。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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