そこで、さらに法務省は08年6月、離婚後300日以内に生まれた子でも、再婚後の夫の子であると証明できる場合は再婚後の夫の子とする出生届を受理するという通達を出しました。「認知調停」です。すなわち、元夫の子を妊娠する可能性がないことを証明する書類を提出すれば、再婚後の夫の子と認めるというものです。
この調停が成立すれば、元夫の協力なしで再婚後の夫の実子として戸籍に記載されることになります。ただし「妻が元夫の子を妊娠する可能性のないことが『客観的に明白である』こと」を証明する必要があります。
しかし、ここで、私ははたと考え込んでしまいました。
「客観的に明白である」とは、どういうことなのだろうか?
離婚前に元夫と同居しつつ、別の男性(後の夫)と肉体関係があった場合は、元夫の子を妊娠する可能性を完全には否定できず、「客観的に明白である」ことにはなりません。しかし、DNA鑑定を行い、元夫の子でないことが判明すれば、それは「客観的に明白である」事実になります。
「客観的に明白である」か否かを判断するのは、裁判官でも難しいのではないかと思い、調べてみました。
その結果、案の定彼らにとっても本当に難しいことがわかりました。それは次回にお話しします。
●まとめ
では、今回の内容をまとめます。
今回は、「性同一性障害の施術で女性から男性になった人は、法律上および血縁上の父親になれるか?」を検討する上で、必要となる民法772条について、まるまる一回分を使って説明させていただきました。
(1)母子の関係と異なり、法律上の父子の関係は不安定であるため、法は結婚中に妻が妊娠した場合、その子の血縁上の父が誰であろうとも、今結婚している夫の子と推定して戸籍に記載することにしました。
(2)また、離婚後300日以内に生まれた子についても、その子の血縁上の父が誰であろうとも、離婚前の夫の子と推定して戸籍に記載することにしました。
(3)それを避けるため、母が子の出生届を出さず、無戸籍の子ができてしまうことを300日問題といいます。無戸籍の子は、社会的地位が与えられないまま、生きていかなければなりません。
(4)しかし300日問題は、離婚した元夫の協力が必要となるため、解決に至るのがとても難しく、いくつかの救済措置があるものの、この問題を完全に解消できるわけではありません。
次回こそは、「性同一性障害の施術で女性から男性になった人は、法律上の父親になれるか?」「男性から女性になった人は、赤ちゃんを産むことができるか?」について、お話しさせていただきます。
(文=江端智一)
※なお、図、表、グラフを含んだ完全版は、こちら(http://biz-journal.jp/2014/09/post_5973.html)から、ご覧いただけます。
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナー(http://www.kobore.net/gid.html)へお寄せください。