しかし、実際は少し違うようだ。現地取材を行ったジャーナリストは次のように語る。
「一番盛り上がったのは、覆面レスラーが出た試合と女子プロレスでした。ほかのほとんどの選手は格闘家崩れで、観客を魅了するプロレスができないのです。ボブ・サップなど巨漢アメリカ人レスラーの見せ場は入場シーンだけでした。試合は5分前後で終わらす省エネファイト。リングが硬かったので、長時間戦うとケガをすると思ったのでしょう。しかし観客は怒ることもブーイングを飛ばすこともしません。日本でこのような低レベルの試合が行われたならば、激しいブーイングなど大騒動になったでしょう」
プロレスを知らない平壌市民だから、事なきを得たということなのであろう。
そんなおとなしい観客の中に、若い女性や子供の姿は見当たらなかった。8割以上は白いシャツにスラックス姿の中年男性ばかり。平壌市内で恵まれた生活を送っている一部の富裕層である。
今回のプロレスイベントの感想を数人の観客に求めると、「楽しかった」と誰もが模範的回答を述べた。だが、チケットの入手に関する問いには口を閉ざしてしまう。
「少しでも国の内部システムに関するようなことは、彼らのようなエリートは決して言いません。チケットは職場で自主的に買ったか、強制的に買わされたかのどちらかです。地位の高い人なら、無料招待されたに違いありませんけど」(同)
中国・大連の旅行代理店では、外国人向けチケットとして200ドルと100ドルの2種類を販売していたが、北朝鮮の平均的労働者の月収は約4ドルで、エリート層はその10倍から30倍といわれている。観客は、平壌の生活レベル相応の価格で購入したはずである。とはいえ、かなりの出費だったことは想像に難くない。
今回のプロレス大会は、本当に成功だったのだろうか? 平壌市民の本心はいかに。
(文=編集部)