現在、日本の歯科医院のほとんどは、これら詰め物、被せ物、義歯などの補綴物を外注で技工所に出しています。なかには、義歯の設計の指示も出さずに技工所に丸投げという歯科医も少なくありません。
入れ歯は、外したい時には自由に外せるけれど、食事の際には外れず、よく噛めるものでなくてはなりません。もちろん食事で取れてしまうようなものや、痛くて噛めないようなものは論外で、それを入れ歯と呼ぶことはできません。
この相反する要素を兼ね備え、しっかりと咀嚼機能を回復し維持していく入れ歯をつくるのは、やはり並大抵のことではありません。適切な良い入れ歯を提供するには、まずしっかりとした診断と妥協のない順を追った治療の流れと、高い技工技術が合わさらなければならないのです。補綴物は、人の口の中という過酷な状況下で何万回という咀嚼に耐えなければならない人工臓器なのです。
筆者は歯が弱いタイプで、30代後半から歯を失いはじめ、54歳の現在は4本の歯がありません。そしてそろそろ5本目も失いそうな気配です。「歯科医師なのに歯が悪いの?」とよく言われますが、どうやら関係ないようです。
筆者は歯を1本失った時から取り外し式の入れ歯を使用し、現在では右側上下に入れ歯を入れています。なぜならば、今まで本連載で述べてきたように、「入れて出す」という命の循環の入り口である、自分自身の口の健康を回復、維持する方法、手段には入れ歯が最も有効だと診断したからです。
私の周りには歯科医師の仲間が大勢いますが、私が取り外し式の入れ歯を使っていることを知る人はほとんどいないでしょう。それは一緒に食事などに行っても私が食べにくそうにしていたり、不具合を感じさせることかないからでしょうし、実際私も感じていないからです。
入れ歯は、一般に思われているほど悪いものではありません。外して入れ歯も自分の歯もしっかりと清掃でき衛生的です。咀嚼もしっかりできます。歯科医療においては、顎・口腔系の良好なシステムの回復、維持にはなくてはならないものですし、特に高齢になればなるほど最適な手段といえるでしょう。
(文=林晋哉/歯科医師)