失業手当をもらえない!空前の黒字の雇用保険積立金、給付率カット&非正規労働者排除
東証一部の時価総額が先月、ついにバブル絶頂期に記録した過去最高水準を一時超えたと伝えられたが、すでに数年前から日本で史上空前の高値を維持し続けている“あるもの”をご存じだろうか。
それは、雇用保険財政(失業給付関係)の積立金残高である。2002年度以来、ここ十数年ほぼ右肩上がりに増え続けていて、14年度末時点で5兆9000億円にも上っている。
総務省の労働力調査によれば、15年5月の完全失業率は3.3%。完全失業者数は前年同月比18万人減少で、60カ月連続の減少となった。失業者が減少すれば、当然、失業手当の受給者数・支給総額も減るため、雇用保険の積立金が増えるのは、ごく自然な流れだと思われるかもしれないが、話はそう単純ではない。雇用保険の積立金が激増し続けているのは、雇用保険制度が「失業したときの生活を支える」という本来の役割を十分に果たしていないからにほかならないのである。
バブル崩壊直後の93年時点で4兆7000億円あった雇用保険の積立金は、02年までの9年間、失業率が上昇するにつれて減り続けた。その軌道は、まるでジェットコースターが地面に向かって真っ逆さまに急降下していくようであった。
そして、ついに02年度末には4000億円まで減り、積立金が枯渇するのはもはや時間の問題というところまで追い詰められたのだが、給付削減に関する法改正が功を奏し、危機一髪のところで枯渇は免れ、03年以降は右肩上がりに回復していく。
08年度に5兆円の大台に乗せた後も順調に積み上がっていき、13年には6兆円を突破。昨年度は、給付を増やす法改正が行われたため少し減らしたものの、それでも5兆9000億円と高水準を維持したままである。
ここまで読んで不思議に感じた人も多いに違いない。雇用保険財政とパラレルの関係にあるはずの失業率は、02年に5.36%のピークを記録した後、07年のミニバブルまでは低下の一途をたどったものの、08年秋のリーマンショックから再び急上昇し始め、09年には再度5%台を記録している。
雇用保険の積立金も、そうした社会情勢に合わせて激減していないとおかしいのだが、現実には、激減するどころか、ひたすら激増し続けたのだ。いったい、何が起きたのか。
雇用保険の積立金急増の真相
理由は2つある。第一に、非正規で働く人が年々増え、その多くが雇用保険に加入できない条件で働く人たちだったからだ。
第二に、給付削減を目的とした法改正が何度も行われた結果、退職後に失業手当をもらえる人が減ったり、受給できても支給額が大きく減らされてしまったからだ。リーマンショックのとき、派遣切りによって着の身着のままで寒空の下に放り出された労働者が続出したのは、最後のセーフティーネットであるはずの雇用保険制度が正しく機能していないことを、図らずも広く世間に示すこととなった。
01年に、自己都合か会社都合かによって給付日数に大幅な格差をつけたのを皮切りに、05年には、失業手当の給付率と年齢別上限額を引き上げ。さらに、07年には、受給するために必要な加入期間を6カ月から1年に引き上げたことによって、失業手当を受給するためのハードルが、おそろしく高くなったのである。ちなみに、会社都合の場合は加入期間6カ月以上で失業手当を受給できるが、会社側が離職票に「自己都合退社」と記載する虚偽申告が横行している。
07年頃から、雇用保険財政は空前の黒字を計上し続けていたのだが、雇用保険制度に投入されている国庫負担を全廃する方針が示されていたため、給付抑制が急がれた。
一方で、厚労省が雇用保険の加入要件を「1年以上雇用見込み」と定め、短期契約の非正規労働者が排除されやすい時代錯誤な運用をいつまでも続けた結果、失業して生活に困窮しがちな非正規労働者ほど、雇用保険を活用できない皮肉な事態に陥ったのである。
国際労働機関(ILO)によれば、日本において07年時点で失業手当を受給できない人の失業者に占める率は77%にも及び、同機関から「先進国中最悪の水準」と指摘されたほどであった。
さすがに加入要件は09年、10年の二度の改正によって、「31日以上雇用見込み」があれば強制加入となったものの、受給資格期間などはそのまま堅持されたため、リーマンショック等数々の経済危機にあっても雇用保険積立金は、ほとんど減ることなく高水準のまま温存されたのである。
セーフティーネットの役割を果たさない雇用保険
「失業して困ったときの支え」になるはずの雇用保険が正しく機能していないことを如実に表しているのは、昨年4月から施行された改正雇用保険法だ。同法成立時、よほどお金の使い道に困っていたのではないかと思えるほどの大盤振る舞いを次々と行っている。
例えば、早期に再就職すると支給残日数の50~60%があとから給付される再就職手当は、再就職後の賃金が大幅にダウンした場合に、追加で最高40%支給される就業促進定着手当なる給付が追加された。
また、指定講座を受講すると費用の20%(上限10万円)が支給される教育訓練給付には、最長3年の専門学校国家資格取得コース対象の専門実践教育訓練を創設。この制度をフル活用すれば、最大でなんと144万円もの学費補助を受けられる。
さらに子育て世代には、育児休業給付の支給率を50%から67%に大幅アップしたうえに、夫婦揃って増額分のメリットを享受しやすいような改正が行われた。
これらの改正において特に注目すべき点は、いずれも早期に再就職できたり、資格取得してスキルアップする余裕があったり、夫婦揃って産休を取得できる安定企業に勤務していたりする、いわば恵まれた人たちを対象にしたものばかりであるということだ。
一方で、09年にリーマンショックの緊急措置として導入された、雇い止めされた非正規労働者を会社都合退職者と同じく優遇する緊急措置(09~12年の時限立法)については、12年3月の改正で2年間延長されたのに続いて、昨年4月の改正でさらに3年間再延長された。しかし、これは本来恒久化すべきであって、非正規雇用者の雇用環境改善のための根本的な対策は、手付かずのまま先送りされたのである。そもそも、緊急経済措置が8年間も継続されるなど、もはや異常としかいいようがない。
失業によって収入が得られない状態を「保険事故」と捉え、その所得の補償を行うのが雇用保険制度の本来の目的であるはずなのに、空前の黒字でも周辺部分で大盤振る舞いするのに、セーフティーネットの根幹部分については、まったく改善しようとしないのは、誰がどう考えてもおかしい。
「強きを助け、弱きをくじく」アベノミクスの真骨頂が、こんなところにも表れている。
そうはいっても、われわれ一般庶民にできるのは、制度の仕組みを知って自分がトクするように立ち回るしかない。制度や法律は「知っている人の味方」なのだから。
(文=日向咲嗣/フリーライター)