今のままでは、みんな将来が不安だから貯金をしてしまう。おそらくそうなるだろう。経済学では、そうやって国民が貯蓄をすることは、いいことだと教えられている。貯蓄=投資ということで銀行に預けられた貯金は産業の投資に回ることになり、それでまた経済が成長するというのが古くからの経済理論だ。
●貯蓄=投資で経済成長のウソ
しかし、今はその貯蓄=投資によって経済が成長するという歯車が、きちんと回らない時代だ。なにしろ、企業は銀行からお金を借りない。むしろお金を返して新しい投資は控えたいと考えている。銀行の側も同じで、リスクのある新しい投資にお金を貸すよりも、安全な国債の購入にお金を振り向けようとしている。
なぜ日本国債が安全なのか理解に苦しむところもあるけれど、経済の教科書には国債が一番安全だと書かれているから責任問題にもならないということで、銀行は今や国民から預かった預金の4割以上を、国債をはじめとする債券の購入に振り向けるようになってしまった。
だから新しい経済サイクルでは、アベノミクスで20兆円を投資すると、それが増幅して50兆円の有効需要の拡大となり、それだけ国民の給料が増えて貯金に変わり、最終的にその貯金が日本国債を買い支える。
本当はそうではなくて、国民の給料が増えて、国民がもっとお金を使うようにならないと経済は拡大しない。しかしいかんせん、将来が不安だと、国民はなかなかお金を今以上に使おうとは思わない。
ここがアベノミクスを通じて景気を拡大し、経済を再生させるにあたって残された最後の課題のピースというわけだ。
●どうすれば人はお金を使うのか?
では、どうすれば人は将来が不安でもお金を使うのか?
将来が不安でも、あえて出費をいとわないという状況が2つある。
そのひとつが子育て。子どもが生まれてすくすくと育っていく過程では、親は多少の無理をしてでも子どものためにお金を使うものだ。でも今の日本では、それは期待できない。なにしろ少子高齢化社会になってしまったということが、この長く続く不況の入り口だったのだから。
さて、それではどうすれば景気が良くなるのか? 誰かががんばってお金を使うようにならないと、経済がいい方向には回っていかない。その原動力になるものは、なんなのか?
この問題に取り組んで、ある答えを出した社会学者がいる。その人の名前はヴェルナー・ゾンバルト。なぜだか日本ではあまり知名度も権威も高くはないが、19世紀後半から20世紀初頭のドイツで活躍した社会学者で、存命中は、かのマックス・ヴェーバーと並び称されるほどの大哲人だった。
ゾンバルトは社会学者として「それまで慎ましく暮らしていた人が、突然贅沢を始めるきっかけは何か?」を研究した。ゾンバルトが活躍したのは19世紀だから、研究対象となった、突然贅沢を始め、それが社会経済に影響を与える人たちは、主に貴族ということになる。
貴族だったら贅沢をするのはあたりまえだと思うのは現代人の間違った固定観念で、当時の貴族たちは世の中の民主化の流れや国際情勢の変化、戦争の動きなどにもまれて不安でしょうがなかった。そして今の日本の中流階級同様に、なるべく将来に不安がないよう慎ましく生活をしていたのだ。
その貴族がある日突然、贅沢な出費をいとわなくなる。そのきっかけは、ゾンバルトの研究によれば恋愛だった。
言われてみれば、誰にも心当たりがあるはずだろう。普段の生活は慎ましくても、恋が始まるとサイフの紐は自然とゆるむものだ。つまり将来に不安がある社会でも、人がお金を使う理由は恋愛をおいてほかにはないのだ。
実際にゾンバルトは、19世紀のヨーロッパの景気と貴族の恋に大きな関係があるという事例を、山ほど集めて紹介している。