年収の壁問題、注意すべきは税金より社会保険料?パート妻「働き損」を防ぐ基礎知識
女性の働き方は、一般的にM字カーブで表現される。これは就業率を年齢階級別にみた場合、Mの文字を描くからであり、アラフィフの筆者が就職活動をしていた頃には、この真ん中のくぼみをいかに鈍化させるかが課題といわれていた。
そして、1990 年代半ば、共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回り、現在では共働き世帯が専業主婦世帯の約2倍とその割合は逆転している(厚生労働省「厚生労働白書」)。それを反映してか、ここ30年でM字カーブは大きく底上げされ、くぼみが浅くなるとともに、就業率自体もアップ。結婚や出産後も働く女性が増えてきた証なのだろう。
とはいえ、実際の相談の現場では、「夫の扶養の範囲で働きたい。いくらまで働くのがおトクなのか?」といったご相談は依然として多い。そのような質問に対しては「目先の損得にこだわらず、将来のキャリアを考えて、働けるのであれば働いたほうが良い」とお勧めしてきたのだが……。とくに最近、30代後半から40代の女性はそうすべきだと確信している。それはなぜか?
今回のコラムは、前編・後編の2回にわたり、パート主婦の働き方と社会保険に加入すべき理由についてご紹介したい。
パート妻の「年収の壁」問題とは?
妻がパートで働くタイミングで多いのは、結婚や出産で会社を辞めたり、第1子のときはなんとか仕事を続けたものの、第2子出産後に仕事と育児の両立は難しいと感じて退職したり。その後、家計のことを考えて復職したいものの、家事をきちんとやりたいし、まだまだ子どもに手がかかるので、フルタイムは難しい。
ということで、パートやアルバイトなど非正規雇用で働くという選択肢になるのは、筆者も同じ子を持つ母として理解できる。なかには、正社員の仕事がないからという理由もあるだろうが、自分の都合の良い時間で手軽に働けるのが非正規雇用のメリットである。
そんなとき、夫が会社員の場合、妻がパートでどれだけ働くかを悩む人が多い。いわゆる「年収の壁」問題である。妻のパートによる収入が増えたとしても、税金や社会保険料などの支出が生じることで、手取り額が減る。要するに「働き損」になってしまう可能性があるわけだ。
とはいえ、できるだけ手取りは増やしたい。だから、みんな躍起になって“損益分岐点”を探すのだが、それに深く関わるのが、以下の6つの年収の壁である。
・第1の壁「100万円」…妻自身に個人住民税がかかる
・第2の壁「103万円」…妻自身に所得税がかかる
・第3の壁「106万円」…妻自身に社会保険料がかかる(パート勤務先の従業員数が501人以上の場合等の条件あり。詳細は後述)
・第4の壁「130万円」…妻自身に社会保険料がかかる
・第5の壁「150万円」…夫が配偶者控除を受けられなくなる
・第6の壁「201.6万円」…夫が配偶者特別控除を受けられなくなる
妻自身の税金と夫の税金に影響が出る
本稿の目的は「いくらで働くのがトクか」をお伝えするものではないので、金額など詳細は省略するが、1円たりとも税金を払いたくないなら「100万円」以下(自治体によっては課税される場合もある)で働くことになる。その次は所得税がかかる「103万円」だ。
同じく税金に密接に関係してくるのが、第5と第6の壁にある「配偶者控除」と「配偶者特別控除」の2つの所得控除である。「配偶者控除」とは、納税者(夫)に所得税法上の控除対象配偶者(妻)がいる場合、一定額の所得控除が受けられるというもの。これが適用されれば夫の税金が安くなり、2020年分以降は、配偶者(妻)の所得が48万円以下なら満額38万円が適用される。
所得とは、収入から必要経費等を差し引いたもの。つまり、給与から差し引ける経費(給与所得控除額)最低額55万円+基礎控除48万円=103万円までは、配偶者控除の適用が受けられるわけである。
そして配偶者特別控除は、配偶者控除が受けられない場合の救済措置のようなもの。同じく最高38万円だが、一律ではなく、所得金額に応じてスライドするしくみだ。
以前は103万円を超えると配偶者の所得に応じて控除額が減額されたが、2018年から150万円に引き上げられている。これによって、150万円までは「配偶者控除」と同じく、満額の控除が適用され、それを越えると所得金額に応じて控除額が減額。201万6,000円でゼロとなる。
税金よりも社会保険料の負担が大きな壁となる
個人住民税はそれほどの額ではないし、所得税も応能負担の原則に即しているから、収入が少なければそれほど多いわけではない。税金よりも負担が大きく、注意すべきは、第3・第4の壁の社会保険料がかかるかどうかの境目だ。
これまでは、「130万円」がその目安だったのだが、2016年10月から一定規模以上の企業に勤務している長期パート主婦は、「106万円」を超えると厚生年金と健康保険の加入しなければならなくなった。
加入要件は以下の通りだが、2022年10月からは(2)の雇用期間の短縮と(5)企業規模の拡大が予定されている。企業規模は2年後もさらに変更になることからわかるように、「パートであっても、ある程度バリバリ働いているなら社会保険に加入してもらう」といった国の姿勢がひしひしと伝わってくる。
【短時間労働者に対する厚生年金保険等の適用要件】
(1)週の所定労働時間が20時間以上あること
(2)雇用期間が1年以上見込まれること(2022年10月以降、2か月に改正予定)
(3)賃金の月額が8.8万円以上であること
(4)学生でないこと
(5)被保険者数が常時501人以上の企業に勤めていること(2022年10月以降100人、2024年10月以降50人に改正予定)
ちなみに妻(39歳以下)のパート収入130万円の場合、社会保険料(協会けんぽ)は月額約1万5,500円。年間約18万6,000円になる。極端な話、129万円で、社会保険料を払っていないほうが手取りは多くなり、逆転現象が起きてしまう。
夫の家族手当の存在も大きい
このように、妻が働くことによって、自身の手取り額がいくらになるか。そして、妻の働き方で夫の手取りも変動するため、世帯全体で手取りを計算する必要がある。
そこには、税金や社会保険料だけではなく「家族手当」の存在も大きい。家族手当とは、勤務先が従業員に支給する手当の一つ。所定の条件を満たす家族がいる場合に支給される。
では、どのくらいの企業が支給をしているのだろうか? 人事院「令和2年職種別民間給与実態調査」によると、家族手当制度を実施している企業の割合は75.9%。このうち、配偶者が対象となっているのは79.1%である。そして、配偶者の収入に制限があるのは85.6%で、その額は103万円が45%、130万円31.7%、150万円9.4%となっている。つまり、前掲の第2・第4の壁がここにも影響を及ぼしている。
また、厚生労働省「令和2年就労労働条件総合調査」によると、家族手当・扶養手当・育児支援手当などの支給額17,600円。企業規模別にみると1,000人以上が22,200円、300~999人が16,000円、100~299人が15,300円など大企業ほど、その額は大きくなる。
配偶者に対する手当を廃止して、子どものみに変更するなどしている会社も増えているようだが、家族手当が受けられる間は、働かないという選択肢を選ぶ主婦も少なくない。実際、ある大企業が家族手当から配偶者を対象から外したとたん、その周辺の主婦たちが一斉にパートに出始めたといった話を聞いたことがある。
後編に続く
(文=黒田尚子/ファイナンシャル・プランナー)