したがって、著者の書いていることは、あくまで一人の大学院生の経験談だというように、少し突き放した視点から冷静に読むことが求められます。その意味では、「これを読めばアメリカのエリート教育のすべてがわかる」などと期待しすぎると、がっかりするでしょう。
また残念ながら、私は本書との相性があまり良くなかったようです。もちろん帯にあるように「5万部突破!」した書籍なので、上手くハマる人も多いのでしょうが。
相性の善し悪しは、おそらく第3章から第5章までの、「米国エリートの教育スタイル、思考法」という部分の主張に共感できるかどうかで決まると思われます。私が共感できなかったのは、根拠やデータが明確に示されることなく結論だけが述べられているように思われる箇所が多々あることや、その主張が著者の個人的な見解なのか、それともスタンフォード大学の講義で得た「米国エリートの思考法」なのかがはっきりと区別されていなかったことが理由です。
例として、私の専門である労働分野に関して、2点ほど疑問点を挙げておきましょう。
まず著者は、日本の解雇規制が厳しいためにIT投資の効率が悪いと主張します(pp.95-96)。例えば、仮に会計システムを導入しても、これまで経理を担当していた労働者を解雇するのは困難であり、コスト削減にはならないため、会計システムが導入されないといった説明がなされています。これは本当でしょうか。
まず経理を担当していて、解雇できないというのであれば、これは正規雇用の労働者の話でしょう。そして日本の正規雇用労働者は、いわば何でも屋として雇用されます。したがって経理担当者を別の仕事にまわすことが可能です。また、どうしても担当してもらう仕事がない場合には、整理解雇は可能です。このような実態を前提とすると、人減らしができないから、IT投資が行われないという著者の主張は理論的に納得できません。
またデータに基づく議論もされていません。ここでは会計システムを導入したいと考えている企業であって、経理担当者を減らせないことが理由で会計システムを導入しなかったという事例がどのくらい実在するのか知りたいところです。しかし根拠となる数字は示されていません。
次に著者は、今後「職業や志望に応じて、日本型とアメリカ型を使い分ける形になる」と予測しています(p.102)。その上で、
「安定を好む人には、これまでより報酬は下がるが終身雇用を提供する一方、グローバルな競争が求められ、国の競争力を左右する分野で働く人間は、アメリカ並みの激烈な『実力主義』にさらされるという流れ」
になるとのことですが、その「弱肉強食の世界で徹底的にしごかれるべき」分野として「政治家、金融マン、キャリア官僚、経営者、ジャーナリスト、研究者、エンジニア、大学教授、芸術家といった人々」が挙げられています。これって本当でしょうか? なぜこれらの職種なのでしょうか? そして全員が弱肉強食の世界でグローバルに戦うのでしょうか?