また、上に挙げたアメリカの大学に関するデータも、本書でなければ手に入らない情報ではない。全ての数字はちょっと検索したりウィキペディアを参照したりすれば簡単に見つかる情報である。
ステレオタイプからの脱却が必要
内容についても疑問の残る部分がある。例えば、本書中では大学院生が学部のTA(ティーチングアシスタント 編集部注:大学の授業の補助などを担当する)を務めれば学費免除に加え$800程度のお小遣いが貰えるとの記述があるが、私の知る限りではお小遣い感覚でやっている人はいないし、$800は少なすぎる(おそらく業務量の少ないクラスを念頭に置いているのだろう)。MBAではあくまで「お小遣い」的にやる人が多いのかもしれないが、それ以外の大学院生の多くは、生活費まですべてTAやRA(リサーチアシスタント)の給与で賄っている。スターティングポイントとして読むにはいいが、より深く知ろうと思ったら自分で調べることが必要になる。
「米国製エリートは本当にすごいのか?」以外の章についてはどうか。こちらは残念ながら、さまざまなイシューについて著者の考えや留学中に会った人々の意見が、特にデータに基づくわけでもなく羅列されている。たとえば、「韓国人学生は(略)米国に溶け込めていない」とか「中国人は個人主義的で空気を読まない」といった留学生評もその一つだ。評価自体については個人的にも同じような感想は持っているが、それはあくまで自分が周りの情報から導いたステレオタイプにすぎない。アメリカの中でもスタンフォード大学があるサンフランシスコ・ベイエリアは特殊な地域だし、ましてやスタンフォード大学のような名門大学ともなれば自分の観察には大きなバイアスがあると考えるべきであり、特に民族・国家に関するステレオタイプには慎重になるべきではなかろうか。
他にも、国際政治において、「巨人=米国、西武=EU、中日=中国…」などと国を日本の野球チームに喩えている部分に至っては開いた口が塞がらない。ある意味、本書がどのような層をターゲットにしているかということを如実に示しており、この本がどうして売れているのかを理解する上では重要な記述ではある。
本書は、アメリカの大学制度に関する入門、そしてアメリカに留学するとどんな経験をできるのかを知る手掛かりとしては悪くない。しかし、もしそういう情報を知りたいと本当に思っているのなら、アメリカに留学していた人と直接話してみるのはどうだろう。身近にいる留学経験者とワイン片手に語り合ってみる方が、もっと濃密な体験談を聞けることは保証できる。
(評者プロフィール)
●安藤至大(あんどう・むねとも)
1976年東京都生まれ。日本大学大学院総合科学研究科准教授。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。政策研究大学院大学助教授等を経て現職。専門は契約理論、労働経済学、法と経済学。著書に『雇用社会の法と経済』(有斐閣、2008年)『教育の失敗 ―法と経済学で考える教育改革―』(日本評論社、2010年)(いずれも共著)などがある。
●青木理音(あおき・りおん)
1983年生まれ。東京大学教養学部地域文化研究科卒業後、同公共政策大学院を経て、米国カリフォルニア大学バークレー校経済学部に留学。同大学大学院博士課程単位取得後休学。現在は、外資系企業でマーケティング業務担当。