NEW
江川紹子の「事件ウオッチ」第6回

【イラク情勢】今でも年間1万人の死者を生み続ける「負の連鎖」の正体

【この記事のキーワード】

, ,

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
サダム政権は崩壊したが、イラクの人々の生活は今なお混迷のまま……。

 戦争が、何をもたらしたのか。戦争に加担した国の国民として、私たちは今のイラクの状況を、しっかり見つめなければなるまい。

 端的に言って、事態はますます悪化している。報道などを元に民間人の犠牲者数をまとめて公表している在英NGO「Iraq Body Count(イラク死者統計)」によると、今月1日から13日までに、民間人だけで758人が死亡した。昨年の死者数は9571人に上ったが、今年はすでに5813人に達している。

●公平性を欠いたイラクへの制裁

 その直接の理由は、「アルカイダ」の流れを汲む、と言われるイスラム教スンニ派の過激派組織「ISIS」(Islamic State of Iraq and Syria、イラク・シリア・イスラム国)の存在だ。ISISは、今年1月に西部の主要都市ファルージャを占拠した後、イラク第2の都市モスルなど北部の複数の都市を制圧。首都バグダッドに迫る勢いを見せた。これに対し、マリキ首相は、「テロリストの掃討作戦」開始を宣言。同国のイスラム教シーア派最高権威、シスターニ師は「武器を取れる者は戦いに参加せよ」と徹底抗戦を呼びかけた。反撃が始まるや、300人近いISISのメンバーを殺害したと発表した。

 今後、死者はますます増えるだろうし、空爆や自爆攻撃による民間人の犠牲者も避けられまい。

 ISISの勢力拡大の背景には、隣国シリアでの内戦が飛び火したことに加え、スンニ派に湾岸諸国から流れる潤沢な資金、さらにはシーア派を中心としたマリキ政権によるスンニ派冷遇への不満が鬱積していることが挙げられる。マリキ政権は、その不満を緩和するより、力で押さえ込もうとしてさらなる反発を招いた。米政府の中にも、同首相の対応への批判は少なくないようだが、「対テロ戦争」の名目上も、石油の利権を守るためにも、当面は現政権を支える以外の選択肢はないだろう。

 そんな中、イラク北部の油田地帯にあるキルクークを、クルド自治政府の治安部隊が掌握した、と伝えられている。ISISの攻勢で中央政府の部隊がキルクークから撤退した間隙を、クルド部隊が突いた。国家分裂の危機である。

 イラク国民のうち、約6割がシーア派アラブ人、2~3割がスンニ派アラブ人、そしてクルド人は15%ほど。アメリカが、ありもしない大量破壊兵器疑惑でイラクを攻撃する以前のイラクは、サダム・フセイン政権が強力な独裁政治で3者の対立を押さえ込んでいた。フセイン政権は、スンニ派が優遇されていたとはいえ、世俗政権であり、副首相はキリスト教徒。シーア派やクルド人の閣僚もいた。キリスト教徒や少数民族のロマ族などは保護されていた。女性の社会進出も奨励され、スカーフもかぶらずに颯爽と働く女性も多く、中央官庁には女性官僚の姿が目立った。とはいえ、政府批判は許されない強権政治。不満を持つ者は亡命を余儀なくされた。その一方で、過激派などが入り込む余地がなく、国内の平和や安定は保たれていた。フセイン政権は、欧米から石油の利権をイラクに取り戻したが、欧米側の反発は強く、クウェート侵攻を機にした経済制裁はなかなか解除されずに、イラク国民生活を豊かにすることはできなかった。

 私たちの価値観からすれば、独裁政治より民主政治の方がよい。フセイン政権がよかったとは思わない。確かに批判に値することもやった。しかし、悪いことばかりではなかった。世界中で最も悪い、というわけでもないだろう。政権に刃向かった者への弾圧は過酷だったが、それより遥かに過酷な中国のチベット弾圧に対して、国際社会は何の制裁も課していない。それを考えると、アメリカを中心とする“国際社会”の、フセイン・イラクに対する対応は、明らかに公平さを欠いていた。