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経済学者・故宇沢弘文、なぜ偉大?業績を5分で学ぶ 経済成長至上主義と市場経済の弊害

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『経済学は人びとを幸福にできるか』(宇沢弘文/東洋経済新報社)
 経済学者で東京大学名誉教授の宇沢弘文氏が、9月18日に亡くなられた。心からお悔み申し上げたい。宇沢氏は日本を代表する経済学者のひとりだったことはいうまでもなく、経済成長論、最適経済成長論への貢献は圧倒的だ。文化勲章は受勲しているものの、ノーベル経済学賞をなぜ受賞できなかったのかが不思議なくらいである。

 ただ宇沢氏の功績、特にその新古典派経済学批判や時事問題に関する発言には、筆者は今までも批判的な視点で見てきた。インターネット上では、宇沢氏の功績を無条件に賞賛する発言も見受けられるが、ここではそのような風潮を横目にしながら、筆者なりに宇沢氏の功績について簡単に振り返り、このいろいろな意味で超えがたい存在にお別れを言いたいと思う(以下、敬称略)。

●反経済学ブーム


 1970年代から80年代前半にかけて、日本には反経済学ブームというものがあった。この時に批判されていた経済学というのは、市場メカニズムを重視する新古典派経済学やミルトン・フリードマンのマネタリズムなどであった。

 もともと日本の経済学は戦前からマルクス経済学と近代経済学に事実上真っ二つに分かれていた経緯があったが、両方ともにmodern(近代)の産物である。しかし新古典派経済学やケインズ経済学だけが、日本では近代経済学といわれてきた。日本の大学ではマルクス経済学の勢力は強く、アカデミズムの場にマルクス経済学者がほとんどいない米国に比べると、かなり異質なものだった。別な視点でみると、それだけ近代経済学を批判する土壌は、日本では深く豊かな面があった。

 反経済学ブームの主役は、例えば佐和隆光『経済学とは何だろうか』(82年)、塩沢由典『近代経済学の反省』(83年)、西部邁『ソシオ・エコノミックス』(75年)などの書籍であった。これらは後に浅田彰や柄谷行人らのニューアカデミズムブームと混じり合い、若い世代に大きな影響を与えた。宇沢はこの反経済学ブームの中でも、とりわけ大きな影響力を持っていた。宇沢の反経済学的な主張は、『自動車の社会的費用』(74年)、『近代経済学の再検討』(77年、以下『再検討』)、『近代経済学の転換』(87年)、『経済学の考え方』(89年)等に集約されている。もっとも宇沢の反経済学的な姿勢は、かなり以前からである。